さて、還暦を過ぎ、もうひと月もすれば61になろうかと云う僕には、もはや長期目標などというものは必要ない、と考えてまず間違いなかろう。しかし、何のビジョンもなく、その日暮らしするには、まだ時間がありそうだ。長期目標は不要だとしても、やり残したことを、一つでも二つでもやり遂げたいと思う。

 会社をリストラされたとき、「死ぬまでにやりたい10のこと」を書き出した。その1番手がフォーク酒場だったわけだが、開店して7年がたち、その頃とはまた違った心持ちの現在、新たに書き出してみようと思うのだ。それがひいては、これから10年か、はたまた20年の生きる張り合いになるだろう。しかし、やりたいことはまだまだいっぱいあるなぁ。まぁ、ぼちぼちやっていこうか、と。かように思う次第であります。

お客さんのオリジナル曲を集めたオムニバスアルバム、「古い水夫は古い船のままそれでも新しい海へ出るだろう」が完成した。全19曲2枚組の大作である。手前みそな言い方で恐縮たが面白い!19人の個性が遺憾なく発揮され、且つ不思議な調和をみせている。

もちろん皆、アマチュアである。しかも筋金入りのアマチュアだ。上手い、下手でなくとにかく音楽を楽しめばいい。どうせ楽しむなら聞くだけじゃ物足りない。歌い、演奏したほうがもっと楽しいはずた。さらにだ。どうせ歌うなら世界に一つしかない自分のオリジナルを作って歌えば音楽の世界はさらに広がるってもんだ。どこかで聞いたことのあるメロディだって構うことはない。

まあ、そんなこんな、オヤジたちの夢がついに形になった(え~っと、オバサン…いやいやお姉さんもお二人いるが)。ちなみに拓郎age のコンセプトは『オヤジたち、起こせよムーヴメント!である。このCD はその第一弾と言えるだろう。kimg1717

 

 

毎月1回、血液検査に通っている。血圧やら血糖値やら、60歳ともなれば生活習慣病の危険地帯最前線にいるわけだから検査は欠かせない。

「小林さん、お入り下さい」とアナウンスがあり、診察室に入った。おや、先生がいない。ほどなく現れた先生は小脇に紙袋を抱えている。イスに座るやその紙袋を僕に差し出し「中を見てご覧なさいよ」と言った。中をあけると出てきたのはなんと、『ボブ・ディラン全詩集』だった。「えぇぇ~」と僕が驚嘆するのを見越したように自慢気に先生は笑っている。ページをパラパラとめくっていると、新聞の切り抜きが挟まっていた。それはひと月ほど前、ボブ・ディランのノーベル賞が決まったとき、地元の信濃毎日新聞の取材を受け、僕が寄せたコメントの切り抜きであった。

月に1回、それでも6,7年通っている常連患者ではあるが先生と日常会話を交わしたことはほとんどない。したがって診察時間は極めて短い。にも関わらずこれは一体どうしたことだ。どういう風の吹き回しだ?いずれにしても僕がいたく感動したのは言うまでもない。

診察室を出た後、これは記録に留めておくべきだと思い「先生、写真撮らせて下さい」とお願いした。奥から声がした。先生一言。「持って帰るなよ~」

さて、この話には後日談がある。店に1本の電話。先生からであった。「あの本は私が持っているより、しかるべき人が持っている方がいい。小林さんに100万円から1を取った額で譲るよ」。またまたこの謎かけは一体…。

さて、僕はタダで譲るよ、と解釈しているのだが、みなさんはどう判断されるであろうか?kimg1702

今、僕の内にいくつかの構想がある。お客さんのオリジナル曲を集めたオムニバスアルバムの制作はその第1弾だ。これはまもなく完成し、陽の目を見る。僕も含め19組のエントリーがあり、2枚組の大作になった。

第2弾はミニFM局の開局。長野駅前、というか店周辺の極々狭いエリアでしか受信できないシロモノだが遊び心は満載だ。年内には放送の運びになる予定。

さて、第3弾。これはまだ構想も構想、全くの机上の段階。ポシャってしまう可能性も大きいが、オヤジたちには当たり前だった活字メディアの復活、すなわち雑誌の創刊だ。現在のデジタル社会にアナログ雑誌が入り込む余地などどこにもないとは思う。だから出版社も書店も苦境の真っ只中にある。しかしそれはあくまで商業ベースでの話。こっちはお遊び、面白がりたい連中でやる話だから、世の中の経済情勢に鑑みる必要は毛頭ない。雑誌の創刊、ダメかなぁ?

そしてとりあえず最後はグッズの販売。僕たちの友人知人には実は隠れた才能の持ち主がいっぱいいる。絵を描いたり写真を撮ったり、あるいはプラモデル制作のツワモノが、じっと息を潜めて自分の作品が脚光を浴びる日を待っているかもしれない。そんなごく身近なアマチュアの作品にスポットをあてて、アンテナショップあるいはネットで販売しようというものだ。アマチュア作品の販売ルートの確保、などと言うとカッコつけすぎ?

ともあれ、まだまだいろんなアイデアがあるだろう。思いつくたびに実行に移してみようじゃないか。『オヤジたち、起こせよムーヴメント❗』これがコンセプトだ。

8月いっぱいで駐車場契約をやめ、電車で出勤することにしました。帰りはどうするかと言えば、たいていは歩きです。約35分、3.5km の道のりです。

だいたいが店で飲んでしまうわけで、1F の「なごり雪」の小上がりで寝ていくか、タクシーで帰るか、どちらにしても車は置いていくことになります。それでもって翌日にはわざわざ車を取りに来なければならない。こんなムダなこと、5年も続けていました。

身体にはいいし、駐車代はなくなるし、いいことづくめですよ。そうそう、こんなこともありました。交差点で信号待ちをしているとき、ふと目を落とすと、電柱の陰に大きなビジネスバッグが落ちているではありませんか。「もしかしたら1億円!」などと胸が踊りましたが、金目のものは何もなく翌朝早く交番に届けました。お巡りさんと中の確認をしているとき、息せき切って一人の若者が飛び込んできました。「それ、私のです」と叫ぶ。「えっ、どうしてここにあるとわかりました?」と異口同音に尋ねる。「GPS ですよ」「なるほどぉ」… ま、そんなわけでバッグはめでたく落とし主の元にもどり、僕はと言えば謝礼の1万円を頂いたと、こう言うお話です。あっ、言っておきますが、僕は謝礼を固辞したんですよ。でも彼がそれではどうしても気がすまない、と言うので、ま、彼の気持ちを尊重してね。

ジョーキング。僕の造語です。ジョギングとウォーキングをかけ合わせてみました。血糖値の上昇を押さえるには運動が不可欠。主治医からもやかましく言われています。バスケットとかゲームをやりながら運動になれば、これにこしたことはないのですが、そうそう都合よくメンバーが集まる道理もありません。

ジョギングがいいのかウォーキングがいいのか素人には分かりません。ネットで調べてみたものの、やっぱりどっち付かずです。まあ、いきなり走るのもかえって身体に負荷をかけるだけだろうと思い、とりあえず早足で歩くことにしました。10分ほど歩いて、それから走る。無理をせず疲れたら歩く。こんなことをくり返しながらおよそ3、40分。60歳になっての新しい習慣です。

さて、歩いては走り歩いては走る。だからジョーキングです。運動生理学的に正しいのか正しくないのか、それは分かりません。あれこれ考えるより、林先生よろしく「今でしょ❗」

若い頃読んだ本に、かの「芸術は爆発だ~」の岡本太郎の著作がある。その冒頭の一節が今でも脳裏にこびりついていて、事あるごとに頭をもたげる。『人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすぶきだと思う』というものだ。

この言葉が60になっていよいよ身近になってきた。新しいことはやるな、ということではない。古いもの、あるいは悪しき習慣はどんどん捨てていった方がいいのではないか。まあ、何と言えばよいのか、一方で整理の段階に入ったと言うことだ。

さてさて偉そうにのたまわっておりますが、小生60を越えてかえって、血気盛んになっているようで、酒に弱くなったのか、あるいは認知症の兆候なのか。いずれにしても用心、用心。 Read the rest of this entry »

image1去る5/27、あんなサプライズが用意されているとは想像だにしませんでした。司会進行のやっちゃんから「マスター、マスターがOK してくれたら今日は貸し切りにしちゃいたいんですが」と、切り出されたときには、面食らったなんてものじゃない。二の句がつげないというやつだ。いいも悪いもない。従うしかないじゃないか。早速、入口に「貸し切り」の張り紙がされた。手回しのいいこと。

さあ、それからが本番。まず赤いちゃんちゃこを着せられ、そして次から次とプレゼントの山。僕も思わず叫んだ。「さぁ今日は飲み放題だ。ただし、ビールもセルフでやってくれ!」

そして夜は更けていく。これまで60回の誕生日があったわけで、物心ついて以降、こんな盛大な誕生日があっただろうか。もちろん答はNO だ。みなさん、本当にありがとう。感謝の言葉もありません。準備にも余念がなかったと聞きました。

拓郎age は、もはや店主の店ではありません。お客さん一人一人の店です。店主は管理費をいただいて店を維持することに努めるばかりです。

重ねて、ありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。

 

私、この度、高齢学校の初等科に入学し、早速、認知防衛部に入部しました。この高齢学校、近年ますます生徒数が増え、この傾向はこの先、衰えることなくその勢力を拡大するようです。

私のあとにも続々と入学してくる予定です。『なごり雪』の料理大将トヨオ君、神戸に行ったウッシ~、前ちゃんは早生まれだから来年の1月かぁ。

しかしです、まさか60になっちまうとはねぇ。まあ、今、若さの絶頂にある人もいずれは辿る道。お先に失礼🎉

▼kishy がシャンパンもってお祝いに駆けつけてくれました。ありがとう。

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10年乗り続けたスバルプレオを廃車にした。僕は車というものにほとんど関心がなく、とにかく走りさえすればいい、という考えの持ち主。そうそうそれから当時は仕事の関係で、購入に際しては、けして目立ってはいけないという条件があった。その点このプレオは凡庸なスタイルでしかも色は白ときているからまさに条件にピタリと合っていた。しかも営業ナンバー。税金も驚くほど安い。

しかしこのプレオ、よく働いてくれた。ことに店をオープンする前の3カ月、全国を走り回った。足を踏み入れなかったのはわずかに和歌山と沖縄だけ。北海道から鹿児島まで、山中のガタガタ道から高速道路まで、とにもかくにもお疲れさん。

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今年もまたわが家に熊五郎がやって来た。一日店主企画の打ち上げでバーベキューをやったとき、参加者の多くが目撃してくれたはずだ。

一体何代目になるのだろう。蜂の寿命はせいぜい1年らしいから、毎年毎年やって来る熊五郎は当然代替わりしているわけで、帰巣本能のDNA がしっかり受け継がれているのだろう。

けして刺すこともない大人しい (熊バチは蜜蜂の一種で人を刺すことはないとのことだ) この熊五郎。なんだか家族の一員と思えてならない。

※昆虫の知識の持ち合わせのない店主です。詳しい方がおられましたら、ご指摘お願いします。

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高校1年のとき初めて買ったギターはヤマハFG-240。1年ほど前、のんちゃんに頼んで(店主はこの種のことに全くうとい)、この思い入れたっぷりのFG – 240をネットオークションで手に入れた。

さて、このFG – 240。サドルがなんと真っ平で、特に1弦がネックに触れてビンビン、ビンビン鳴ること鳴ること。そしたら昨日TAKKY が 「マスター、このギター預からせてもらっていい?」 という。「んっ、どうしたの?」 「家で直して来ますよ」

まぁそんなやりとりをしたと思ったら、ついさっき、開店準備のさ中、早速持ってくるではありませんか。「とにかく、まぁ、弾いてみて下さい。えらいことになってますよ」 興奮して声が上ずっている。一体何がどうしたんだと思いながらつま弾く。as soon as 「おっ、おい、こりやあ、マーチンよりいい音してる❗」

蘇る金狼の1コマでした。KIMG1080

業者を呼んで庭の木を切った。杉の木4本、松の木1本。これらの木は近隣に多大な迷惑をかけてきた。クレームも2度や3度ではない。伸びた枝が隣りの家の窓にまとわりつき、あるいは夥しい葉っぱを撒き散らす。

昭和の香り満載のこの家を買ったのは7年前。これらの他に梅の木が1本 (これだけは残した。桜に負けず劣らずの花を咲かせるし、第一、梅の実は梅干しや梅酒を作る楽しみがあるではないか) 都合6本の木と大きな石が7個、それから前住人の奥さんの趣味らしい彩りの花々やハーブが植えられたミニ庭園付きの家。その頃は、自然に囲まれ、自然を愛でて穏やかに余生をすごそうと思っていたのだ。

今になれば糞の役にも立たない観賞用の庭なとではなく、ネギやトマトやきゅうりの家庭菜園のほうがどれほど家計の助けになったことか。

ペットは言わずもがなであるが、植物であっても手入れは大変だ。ズボラな人間がうかつに手をだすものではない。とにかく見ているだけで忌々しくなって、熟考もせず、思い立ったが吉日とばかり翌日には業者に依頼した。

うっとうしい木がなくなると、心まで軽くなったような気分。我が家の陽当たりがこんなによかったのかと嬉しくなり、二階の窓からは菅平の山々が見渡せる。

所有物は少なければ少ないほどいい、というのが、最近の僕の哲学。所有物に埋もれ身動きが取れなくなり、心のどこか片隅に宿ったフラストレーションがやがて大きなストレスに変わっていく。この木、なんとかしたいな。庭を見るたび思っていたわだかまりを今回断ちきった。僕の人生が新たな展開をしてくれることを願う。

 

町の自治会とは全く縁のなかった私ですが、「順番ですからね」と、町の主のようなご婦人に恐喝に近い形で詰め寄られ、「理事」などという、なんだかとても偉そうな役を引き受けてしまいました。

最初のミッション(笑)は、ゴミステーションの立ち会い。土曜日の朝6時から7時まで1時間。前夜の金曜日は、これで拓郎age が成り立っているという最重要日。イヤな予感はしていたんですよ。案の定です。仕事を終えたのが午前3時。家に帰って寝たら絶対起きれないないな、もう寝ないでゴミステーションに立とう、こう見えても責任感の強い私です。というわけで一睡もしないでミッションを全うしました。しかし、しかしです、家に帰ってもこれが、眠れないんです。クタクタに疲れているはずなのに。

結局ほとんど眠れないまま、フォークの市を迎えました。準備があるので、普段のように、「ま、開店直前に行けばいいや」なんて呑気に構えてはいられないのです。そしてフォークの市。30人を越える忙しさ。後片付けしてまたまた午前3時。普通ならこれで日曜の休みに入るのですが、日曜は「井上ともやすライブ」。開場16時半、開演17時。準備がまた大忙し。

というようなわけで、a hard day’s night でした。しかし、これをやり遂げた充実感はまた格別です。とは言っても町の役員なと引き受けるもんじゃないね。なんて言ったら大ひんしゅくですね?

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のんちゃんは徳島へ、シミちゃんは新潟へ、そしてシモちゃんは東京へと旅立って行きました。涙、涙です。しかし、一方、嬉しい便りも届きました。拓ちゃんが帰ってくるのであります。まさかまさかのミラクルです。名古屋に赴任して2年。「よくぞ、戻ってきた」、ひしと肩を抱きしめたいところです。

3月は別れの季節。そして4月は出会いの季節。別れは別れでもまたいつか会える別れです。たとえ会えないにしても再会の日を期待できる。そういう別れであったことを心から嬉しく思います。だからこそ、拓ちゃんともまた会えたんだと思います。手前味噌で恐縮ですが、今、僕はこう叫びたい。

拓郎age 、バンザ~イ🙌🙌🙌

 

僕はおよそ組織というものに向かない性格です。組織に見切りをつけて個人事業主になったのが42のときですから、以来18年、細々ながら自由業に身をおいているわけです。

クラスメイトが就職活動に駆けずり回っている大学4年のときも、僕は西新宿のアパートでゴロゴロしているばかりで、待ち合わせの居酒屋でみんなが「本日の成果報告会」的討議をしているときもひとりかやの外でした。

しかし、お金を稼げる知識も技術も持ち合わせているわけではなく、とりあえずここはどこかの会社にもぐりこんで、本当は何をしたいのかそこでじっくり考えればいいやなどという、不届き千万な考えで地元の小さな建設関連の商社に就職しました。

僕が不本意な就職をしたのには実は大きな理由がありました。僕には高校時代からつきあっている彼女がいて、結婚を誓い合っていたのです。

さて、半年もしないうちに、ある事件が襲いかかり、僕は早くも軌道修正をせまられる事態に陥りました。この続きはまた。

花粉症というのは、ある日突然やってくる。去年まではなんともなくたって、今年はわからない。たとえ今年ならなくても来年はわからない。15年前までは、花粉症だと言ってやたらくしゃみをしたり、目が痒いと言ってはしきりに目をこすっている人たちをみて 「おかしんじゃねえの」 と今にして思えば失礼この上ない暴言を吐いていた私でした。

昨日、高校時代の後輩が店に来ました。マスクをしている私をみて「マスター、まさかインフルエンザじゃないでしょうね」 と言う。「いや、花粉症だよ、花粉症」。「そうですか、花粉症ですか。私、花粉症にはなったことがなくて。でもここ2、3日、鼻水でるわ、目が痒いはでまいってます」 「それって花粉症じゃねえのか?」 「え~っ、これが花粉症ですか?」 「喉、痒くないか?」 「よくわかりますね。そうなんですよ。喉の奥が痒くて痒くて」 「お前ねえ、それ完璧花粉症だから」 「だ、だけど去年までなんともなかったんですよ」 「だからぁ、花粉症はある日突然やってくるの、わかった?」

僕は今、母親の介護をしているわけですが、彼女の所持している○○証の多さときたら…わけわからずです。

●後期高齢者医療被保険者証

●福祉医療費受給者証

●老人保健法 医療受給者証

●介護保険被保険者証

●介護保険負担割合証

●介護保険負担限度額認定証

●傷害福祉サービス受給者証

これ、一体どうやって使い分けるの?

重大な決意でも悲壮な覚悟でもなく、「タバコ、やめっか」 なんて軽い気持ちで吸わないでいたら、いつのまにか1年になっていました。

やめてよかったのは、とにかく火の心配がなくなったことです。特に僕のような独り者は後始末してくれる人もいませんしね。家を出た後で、「消してなかったような気がする」 なんて不安にかられることも、挙げ句、家に戻って確認!なんて面倒くさい作業もなくなりました。

さて、「禁煙」 という言葉には僕はどうにも馴染めません。喫煙してはいけない場所で、タバコを吸っている人に対して、タバコはダメよ、というなら禁煙で構いませんが、自分に対してはもっとゆるく、そうです、「休煙」 あたりの言葉がちょうどいいような。これなら、また吸ったときの言い訳にもなるしね。

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オープンして5年がたちましたが、たかが5年、されど5年です。ほかの多くの店と同じように、拓郎age もまたたくさんのドラマを見てきました。

3周年の頃は、3羽ガラスとか四天王とか言って同じ年頃の拓ちゃん、トールちゃん、やっちゃん、それからちょっと若いドリンたちが活躍していた時代でした。

転勤やら結婚やら、一人去り、二人去り…、今、かれらが一堂に会することはなく、ひとつの時代は確かに終わったのです。しかし、時代は変わっても、あの狂熱の時代はそれぞれの心の中で永遠であるのです。

写真は3周年のお祝いに、かれらの一人、トールちゃんがプレゼントしてくれたものです。僕はすっかり気に入り、2年間、履き続けました。そしてとうとう底が擦りきれてしまいました。ひとつの時代の終演のように、このシューズもまた終わりの日を迎えたようです。トールちゃん、ありがとう。

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たぶん、こんなことしてる人は少ないだろうな、と思う。長野市ではプラスチックのゴミは写真の黄色い指定袋に入れることになっている。写真をもう一度よく見てもらいたい。プラスチックの容器が細かく裁断されているのがお分かりいただけるだろうか?

そうなんです。僕はプラスチック容器をそのままゴミ袋に入れることのできない妙な癖があるんです。とにかくハサミで細かくしないと気がすまない。従ってゴミを捨てる作業に随分、時間を費やすのです。

しかし、この時間が瞑想するにはもってこいなのです。いろんなこと、考えますよ。「昨日のお客さん対応あれではよかったのかなぁ」、「近頃、無駄遣いが多くないか、えぇ、修司くん」、「そろそろ確定申告の準備せなぁ」…etc 。

現代の我々はとにかく、プラスチックに囲まれている。身の回り、見てごらん。プラスチックで溢れかえっている。そりゃあもう、すごいもんですよ。こんな作業していると、つくづくそう思う。

 

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所用で宇都宮に来ること3回め。そのうち2回ははしちゃんの車に、文字通り便乗させてもらっている。「いいよ、いいよ。自宅から宇都宮まで、そう遠くはないから」 と彼は笑うが、それでもたっぷり70km はある。彼も人がいい。

今回は仕事をこなしながらの帰路の旅の便乗なので、はからずも彼の仕事ぶりを垣間見ることができた。うん、ガンバッテいる。店じゃあ、他愛もないこと言ってふざけちゃあいるが、一生懸命、自分の領分、守っている。きっと、店に来るお客さんみんながガンバッテいる。みんな、それぞれのドラマ抱えながら、それでも生きている。人間、バンザ~イ🎉 ふと、そう思えた旅の道中。僕らの旅は、果てしなく続く🎵

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宇都宮に来たのでイチオー、餃子食べた

寒さに震えながら裸になり、浴室に入ったまではいいけれど、シャワーの蛇口をひねっても水が出ない。え~っ、何事❗慌て服をはおり、台所の蛇口をひねる。やはり出ない。スワッ、いち大事❗凍結か? シャワーもせずに店には出れないからスーパー銭湯に。チェッ、ついてねぇ。

見知らぬ土地に所用ができて、久しぶりにカーナビの出番。リモコンを操作するもカーナビが反応しない。一体、どうなってんだよ。機械音痴なりに考えてみる。そうかぁ、きっと電池だ。カバーをはずす。単4、2本か。確かストックがあったはずだ。出てきたのは1本のみ。おいおい、ついてねぇ。

我が家の1階はとにかく日当たりが悪い。夕方ともなればファンヒーターなしにいられない。スイッチを入れる。ものの3分もしないうちに燃料切れの警告音。なんだなんだもう。寒い玄関が灯油置き場。また寒さに震える。しかし、4ケもあるというのに全部空っぽのポリタンク…空しい。

これすべて一日の出来事。ここまでくると怒りを通り越してただ笑うしかないのです。みなさんもこんなこと、あるでしょい。まぁ、そんなときはスマイル アウェイ、笑い飛ばしましょう。

 

年が明けて、はや3週間。異動の時期にはまだ早いけど、今年の転勤第1号の一報が入った。なんとTAKKY 。店に通い始めて1年と1か月。またたく間に超常連にのしあがったというのに、ちと早くないかい? しかし、よそ様の会社の人事のことゆえ、私にどうにかできるというものでもない。

3月になればぞくぞくと報告が入るに違いない。そうして店の顔は変わっていく。店を作るのは店主じゃない。お客さんが作る。メンバーが変われば店の顔が変わるのも道理。店主の救いは4月、5月になってまた新しいお客さんが来ることだ。彼らは最初どこかおどおどし、キョロキョロと店内を見回し、そしてぎこちなく話し始める。そのうちの何人かは第2、第3のTAKKY になっていく。

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「拓郎age オールド・シップ・バンド」と名のっただけで、すぐさま、古い船を動かすのも、新しい船を動かすのも、古い水夫ということで…いい名前です、と反応してくれる人がいました。こういうの、以心伝心というのでしょうか。

拓郎ははるか昔、こう言いました。「古い船をいま動かせるのは、古い水夫じゃないだろう」と。そして今年60になる僕はこう言い換えました。「古い水夫は古い船のまま、それでも新しい海へ出るだろう」と。

僕はむろん、プロのミュージシャンじゃあ、ありませんし、演奏も歌もバリバリ下手ですが、何か機会があって、人前で歌うような羽目になったときは、このバンド名を使いたいと思います。大げさに言えばこのネームに僕の哲学が凝縮されているのです。カッコいい~🎉 ああ、言っちゃったよ、オレ😰


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憂うつな大腸カメラ検査も無事終わりました。結果、異常なし。よかった、よかった。さて、この検査、終わってからがまた一仕事あるんです。検査は洗浄液を放射しながら行われるので、大腸内は空気が充満。これがいわゆる「オナラ」となって1時間ばかり放出され続けるんですね。こういう場合、恥ずかしいという概念はなくなり、はばかりもなく、いやむしろ誇らしげな気分で大きな音を響かせるのであります。

とまぁ、淡々と述べてきましたが、これから初めて大腸カメラ検査をするという人の少しは参考になりますかいな。

 

写真は検査前に、2時間ほどかけて飲む下剤2㍑です。なんとAJINOMNTO製。

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いきなり小難しい話しですが、人生が生きるに値するか否かを判断する、ということが哲学の一番重要な問題だと、かつてカミュの著作で読んだことがあります。60年生きてきてその答えはなかなか出せない私ですが、ひとつ言えることは、生きているかぎりは健康でいたいということです。

そんなわけで5年ぶりに大腸カメラ検査です。この検査、腸の中を空っぽにしなくてはいけないので2時間かけて下剤を飲むのですが、これがまぁ、難儀なんですね。しかし、健康でいるための試練です。

5年前。大腸ポリープの除去で緊急入院。それが拓郎age 開店3日めのこと。いきなりの臨時休業。笑っちゃいますよね。「おいおい、店、やっていけんのか」って。まぁまぁいずれにしても、5年ぶりの大腸カメラ検査。明日が憂うつだなぁ。

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日にちは前後しますが、12/17、リッキー廣田ライブやりました。毎年12月、ジョン・レノンの命日にちなんでの、オノヨーコさんも公認のリッキーさんのライブも今年で3回目になりました。

そうそう、1回目のときでした。T シャツを買ってくると開演間際に自ら車を運転して、K ‘s電器まで我々の心配をよそに出かけていきました。案の定です。バッテリーがあがり戻ってこれないと連絡がありました。私たちはいつ戻るのか、たたヤキモキ、オロオロするばかり。そのときです。「マスター、何かやれ」と声があがりました。全く想定外のこと。場をつなぐのは店主の役目と思い、清水の舞台から飛び降りる思いで拓郎を歌い始めました。2曲やったところで戻ってきました。一気に疲れが押し寄せた店主でした。

さて、今年はどうだったのでしょう。あと、20分ほどで終了かというそのときです。8人の酔っぱらいさんたちがボルテージ高くなだれ込んできました。彼らはリッキーさんの歌に合わせて躍り始めました。これにはリッキーさんも意表をつかれたようで、かつてなかったことです。店主もつい調子に乗って躍り出す始末。リッキーさん、さすがプロです。場の雰囲気に合わせて、用意したてあろう曲を変更して、躍りやすい曲を演奏しました。

まあ、そんなこんな、リッキーさん、来年もよろしくね。

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12/23は、あちこちでX’masライブが花盛りだったようです。拓郎age バンドもね、やったんですよ、これが。いやぁ、お恥ずかしい。しかもメンバー4人が音を合わせたのが本番の数時間前というのだから、どこからかお叱りを受けそうです。

さて、ミュージックバー・マルガリータ。満席のにぎわい。だいたい我々素人のライブというのは、聴衆が、ライブ出演者とか関係者、あるいは顔馴染みというのがほとんど。しかし、ここは違うんですね。しかもその日はママのバースデー。見も知らないお客さんがいっぱい。そんな中で拓郎7曲、どうにか歌い切りました。アンコールまでいただいて、まあ、結果オーライということで。

メンバーは次の通り。ボーカル・ギター、店主。リード・ギター、チャーミー。ベース、のんちゃん。ドラム、前ちゃん。
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面識のない4人の女性が意気投合。彼女たちが歌い始めると、フォーク酒場はさながらディスコに大変身。客席のライトを消すとチークタイム。

店にはいろいろの顔がある。その日その日の顔ぶれで変わる。一期一会。そんな夜もある。暮れも押し迫る師走の一コマ。

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 我が家が、終電に乗り遅れた人やホテルをとれなかった人たちの救済策として、宿泊所に早変わりすることは多くの常連さんたちの知るところです。

 一昨日のことです。酒に飲まれることでつとに有名なS ちゃんが泊まりました。彼は店の常連であると同時に宿泊所の常連でもあります。寝坊して会社に遅れそうなS ちゃんを車で送り届けたこともあります。

 さて、そのS ちゃん。僕の寝ている間に家を出ていきました。メールが届きました。「靴を間違えたので月曜に返します」とのこと。「相変わらすおっちょこちょいだな」と苦笑い。

 そして出掛けようと玄関の上がりかまちに腰を下ろしたときです。僕の眼に映ったのは……。いくらなんでもこんな間違い、普通しねぇーつーの!

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 これで電車に乗っている図を想像して下さい。ホント、笑える。

9月13日、元オフコースの鈴木康博さんのライブがここ拓郎ageでありました。客席は中高年男女でいっぱいです(中高生男女ではありませんよ)。新作アルバム「この先の道」に収録された曲を中心にオフコース時代の歌も含め、全21曲。見ごたえ、聴きごたえのあるライブでした。朴訥なしゃべり、と気取りのない物腰、僕はいっぺんに魅せられてしまいました。

鈴木さんは拓郎さんとも縁があって、「男達の詩」の印象的なフレーズのリードギターは彼によるものです。さらに驚くべきはマネージャーの木宮氏です。なんとこの方、拓郎さんの初代マネージャーということで、つま恋の写真集を開いて「これ、おれ。これ、おれ」と嬉しそうに指をさして、その表情はまるで少年のように輝いているのでした。

 

bourinnguそのちゃんの「はくなまたた」10周年、「拓郎age」5周年を記念しての合同企画第1弾、「ボウリング大会」を8月30日開催しました。別に勝利を意識してadidas のスポーツウェアを着用したわけではないのですが、心ない一部の人が 「あっ、マスター、やる気満々」などと僕を揶揄するのでした(笑)。

さて、勝敗の行方は同じレーンのナカちゃんと僕の一騎打ちの様相を呈してきました。1Gめ、ナカちゃん160。僕148。2Gめに入って、いよいよ10フレ。僕がストライク、スペアでナカちゃんに逆転勝ちとお膳立ても整いました。第1投、ストライク!さあ、2投め。球筋はグッド、これは逆転だと勝利の手ごたえを感じた次の瞬間、な、なんとスプリット。しかも両端の2本ずつが残る、いわゆるビッグ4。これはプロでも至難の技。僕はあきらめず右2本を狙いピンを飛ばして左2本を払おうと挑戦。狙い通りピンは飛んだ。あ~、しかし空しく空を切った・・・。かくしてナカちゃん154、僕158。計ナカちゃん314、僕306。優勝はナカちゃんで決まったと思われた。

しかしドラマはまだ残っていた。1Gめ126の中田さん。我々のバトルを尻目に虎視眈々、2Gめプロも顔負けなんと196だ~!計322の大逆転。いやあ、凄いですね~。中田さん、おめでとう! 脱帽です!

かくしてボウリング大会も無事終了しました。翌日、「久しぶりにボウリングしましたが楽しかったです」などと幾通かのメールを頂戴すると主催者冥利に尽きるのでした。

 

 

 

姉妹店「なごり雪」の女将(?)ゆみちゃんが、毎日2ℓの日田天領水をとどけてくれる。水を飲むことはカラダに大変いいことらしい。そこへもってきて日田天領水なら全く非のうちどころがないらしい。まあ、そんなこんなで僕は今、毎日2ℓの日田天領水を飲んでいる。

僕は日田天領水の回し者などではけしてありません。しかし因果関係はわからないものの、7月の検査で血糖値が見事、正常値に近いところまで下がっているではありませんか。これには医師も看護婦さんもビックリ。「小林さん、いったい何をしたの? 何をすれば下げられるの? 食事をかえたの?」と質問責め。う~ん、これはやはり、水の力なのでしょうか。ゆみちゃんは誇らしげに「これこれ」と言いながら日田天領水のペットボトルを愛撫するのでした。

僕の家は築年不詳の昭和中期の家てす。玄関は南に面しているので北側の路地から入らなければなりません。訪問者は家の敷地を縦断するわけです。そして浴室はそれに面しています。従って風呂に入っているとき、訪問者の影が目に自然に入るわけです。

昨日のことです。明らかに横切る人の影が視界に入りました。これはすぐにピンポンだなと思い、バスタオルを巻いて身構えていたのですが、一向にピンポンが鳴りません。玄関で戸惑っているのかな、と思い浴室を出ました。しかし、人の気配は全くないではありませんか。

えっ? 俺が見た、確かに見たあの影は一体、何? 錯覚なんかじゃないぞ、断じて。

そこで僕はこう思うことで決着をつけました。あれは男の影じゃなくて、俺がかつてつきあった数え切れない女性の一人なんだ。俺に未練があって様子を見に来たんだ、と。あっ、ウソ、ウソ。そんなことありえへ~ん! いずれにしてもどうやら僕は恐ろしく楽観的な男です。

オープンして半年ほどたっていた頃。BUNN さんが 「マスター、何かイベントやったらどう? 」 と切り出した。「 そうだねぇ。何か考えてみますか 」 そう答えながら僕の頭に浮かんだのはエレックレコードがやっていた『唄の市』だった。

そっくり名前をいただいてしまおうかと思ったが、泉谷しける氏がいまだこの名称のもと、ライブ活動していることを知り、「 同じ名前はやっぱまずいっしょ 」 ということで 「フォークの市 」 に決めた次第。

さて、ひまにまかせてフォークの市50回のいろいろなデータをまとめてみました。まずは第一弾の発表です。

●出場者総数

84組、95人

●最多出場

第1位 タカちゃん 36回

第2位 拓ちゃん  34回

第3位 月さん   32回

第4位 NAKA ちゃん・前ちゃん 31回

●最多エントリー 2014  9月 第40回 18組

●最少エントリー 2014  2月 第33回 5組

 

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僕の家は別名、相ノ木荘と呼ばれています。時に出張族諸氏の宿泊所になるからです。宿泊代はありませんが朝食サービスもなく、食料は持ち込みです。

そしてこの宿泊所は恐ろしいほど昭和です、特に台所など、太いむき出しの梁と漆喰の壁。田舎の実家に来たみたいだ、と言われることもしばしばです。

出張のみなさん、あるいは酔いつぶれた御仁たち、宿泊の心配はありませんから、心おきなく、拓郎age の夜をお楽しみにください。

写真は玄関上部の電灯

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トールちゃんは古くからの常連さん。当時はまだ30代のお客さんは少なく同じ世代の拓ちゃん、やっちゃんと拓郎age 三羽がらす、などと勝手に呼んでいました。まもなく彼らよりも若干若いドリンくんが加わり、拓郎age 四天王が結成されました(笑)

その頃は初代アルバイト、20代のゆうちゃんもいて、毎週水曜日ともなれば賑やかな彼らの笑いと歌が店の中いっぱい溢れるのでした。

やがて、拓ちゃんに恋人ができ結婚(そうそう結婚パーティーを拓郎age でやったっけ)。ゆうちゃんがそれに続きました。一人抜け二人抜けしているうち、今回、トールちゃんの結婚です。これからはそうそう拓郎age に遊びに来ることもできなくなるでしょう。寂しい限りですが、トールちゃんの未来に幸多かれと祈るばかりです。

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私はコレクターではありません。物持ちがよくて、捨てたり紛失したりしなかったので、けっこう古くて今では入手困難なものを持っている、というだけです。その折々にほしいものを買っているだけなのです。

さて、つい先頃買ったのが、「赤塚不二夫生誕80年記念フレーム切手セット」。赤塚不二夫は私にとって人生の師匠の一人なのです。実を申せば私、漫画家志望の少年なのでありました。

そんなわけで郵便局でこのセットの広告をみたとき、間髪入れずに申込みした次第。袋を破くのがもったいなくて中身を取り出していません。コレクターはこんなとき、同じ物を複数買って、後生大事にとっておく物と実際に使う物と振り分けるんだろうな。やっぱり私はコレクターにはなれません。

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ワンダーコアしかし、このところ会話の内容が変わった。

「HbA1cの数字が上がってんだよね」「いや、血糖値そのもは正常範囲なんだけどね」「血圧?高いよ~。薬、飲んでるよ」「あっ、尿酸値は大丈夫。痛風の心配はないね」「それでさぁ、誕生日を機にサプリメント、飲み始めたんだよね」「あれだよあれ、そうグルコサミン」「プラス、コンドロイチンだぜ」・・・。

しかし、とにかく運動不足。車通勤から電車通勤にかえてもせいぜい15分のウォーキング?がいいところ。そんな折、友人が「ジム通うか?」と言い出した。「うん、いいね。一人じゃ続かないけど仲間がいれば続くかもしれない」 早速、ジムの見学に行った。今なら2か月分がなんと2900円のキャンペーン中。「ますますいいねぇ」「じゃ、入会しますか」・・・そう話していた矢先、ディスカウントショップで『ワンダーコア・スマート』をみつけた。TVの通販番組で何度もみていたけど、実際にためしてみるとこれがまぁ、いいんですねぇ。ジムに通うよりずっと安いし。友人は昼夜を問わず忙しい身。ジム通いもなんだかんだ続かないだろう。じゃ、これにしようと店員さんに在庫2つの確認をしたところこれがなんと売り切れ。入荷は2~3日後とのこと。ま、とにかくやってみよう。入荷が今から楽しみだ。

そうそう、郷ひろみに倣って食べ物は1口、30回噛もう~っと。

 

どうした風の吹き回しか、この年になって英語を習得したくなった。だいたい中学、高校と6年も英語の授業を受け、ろくろく会話もできないのだから当時の英語教育は間違っていたと言わざるを得ない。

さてそう思うや、早速スピードラーニングの無料視聴用CD を申し込んでみた。昨日、一式が宅配便で届いた。聴いてはみたものの、継続できるのか全く自信がない。外国の友人によれば、聴くだけではダメ。つたなくても会話をしないと、とのこと。まあいずれにしろ、英会話マスター、59歳の決意なのであります。

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先月27日、大台の一歩手前59歳になりました。30歳の声をきいたとき精神的に大きく後退した覚えがあります。「ああ、俺ははもう若者ではないんだな」という実感。60のの声をきいたらまたまた大きく後退するんだろうな。

さて誕生日から数日すぎたある日。歯磨きやら歯ブラシやらを買いにドラッグストアに行ったときです。不意に「グルコサミン飲みなさい」という天の声が聞こえました。やっぱり寄る年波には勝てないというか、本能的に危険を感じるというのか、はたまた年相応の考えに自然と順応するのか、とにかくグルコサミンを買ったわけです。「ああ、俺、還暦への道を歩き始めた」と実感しました。

できればいつまでも自分の足で立っていたいし、自分の歯で食べていたい。どうにかタバコはやめたし、炭水化物の量も極端に減らした。後は、酒量を減らすことと運動すること。ひとまずこんなところが59歳の決意です。欲張りか?!

 

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くまばち

 

 

 

僕と蜂の関わりは深い。小学生にもならない幼い頃、近所の工場跡地でかくれんぼをしていたときのこと。材木が小高く積まれた隙間にいい隠れ場所をみつけた僕は器用にその隙間にカラダを捻りこませた。次の瞬間、全身を刺す痛みに襲われた。何が起こったのか理解できなかった。どうにかこうにかその隙間から抜け出たものの、僕はわんわん泣きわめくほかに手立てがなかった。その隙間は蜂の巣だったのだ。何十匹もの蜂に一斉に襲われたのだからたまったものではない。近所のじいさんの話しでは、その蜂はメバチというらしい。それが正しい名称なのか、いまだにわからないがこれが初体験。

2回目は高校1年。その日の体育は「陸上」で、僕たちはグランド脇の芝生に腰をおろした。すぐ近くのクローバーの群生が目に映り、僕はそちらに移動した。腰をおろした、またもや次の瞬間。臀部に激しい痛みがはしった。そしてまたもや、蜂。臀部は思いのほか腫れてとても体育の授業どころではなかった。

3回目は浪人中。当時僕は350ccのバイクに乗っていた。その日、同じく浪人中のS 君後ろに乗せて「さあ、新潟の海を見にいくぞ」と意気揚々自宅を出た。数キロも行かなかった。なんと蜂が袖口に入り込んだ。激痛。あわてて袖口をバタバタさせると、いやあ、まいりましたね、今度はスズメバチだった。みるみる腕が腫れた。これはいけない、すぐ医者にいかなければ!僕の本能がそう叫んだ。しかし何科に行けばいいんだ?僕が選んだのは骨折やら捻挫でお世話になっていた整形外科だった。それでも順番を越えてすぐ診てくれた。スズメバチ。恐るべし。腫れは4~5日ひかなかった。

そして最後となる4回目は10年前。アルバイトの水道検針で、メーターを探し邪魔になる草木を掻き分けていたとき、やられた。会社に報告すると、すぐ病院へ行ってくれとのこと。大事をとったらしい。労災が適用された。そうそう、蜂をあなどると命取りになる。なんどか刺されるとアレルギー反応をおこして死に至るケースもあるという。

さて、写真の蜂は通称「クマンバチ」。これも大きな蜂だ。このクマンバチが我が家の縁の下に巣をつくっているみたいだ。みたいだ、というのは毎年今頃になると1匹だけ飛んでくる。クマンバチの寿命は知らないけれど、我が家に飛来するこのクマンバチ、僕にはどうしても同一人物(笑)に思えてならない。どうして1匹だけなのだろう?巣があるならもっとたくさんいてもいいと思う。いったい、縁の下に何があるのだろう。我が家に通い始めて3年にはなると思うが、そんなに長く生きられるのだろうか?疑問は尽きない。ともあれこのクマンバチは僕に5回目をもたらさないだろう。なにしろ僕はこのクマンバチ君に奇妙な友情を感じているのだから。

 

わけあって1F に店を出すことになり、標題のごとく、「なごみの酒処 なごり雪」なる居酒屋をオープンしました。なごり雪と言えば誰しもイルカさんの歌を思い浮かべることと思います。と言ってこの店、フォーク酒場でもカラオケスナックでもありません。なんの特色もないごく普通の飲み屋です。

こんな厳しいご時世に、明確なコンセプトもない店など出して果たして大丈夫なのか? 暢気なことに、正直なんの勝算もありません。あえて言うなら、拓郎age がそうであるように、癒しの空間と時間を提供できる店になれればいいな、と思っています。店というのは店主が作るものではなく、スタッフとお客さんが作ってくれるもの。甚だ僭越ながら、そんなふうに思う店主なのでありました。

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山ちゃんは3ヵ月に1度、長野に出張してくる。長野に来ると必ず拓郎age に来てくれる。そしてたいていの場合4日の滞在なのでうち3日は拓郎age 通いとなる。ならせば1ヵ月に1度は来てくれるれっきとした常連さんということになる。山ちゃん、ありがとね。

さて、その山ちゃん。今回5月の来店時、写真のT シャツをお土産に持って来てくれました。なんと吉田拓郎とボブ*ディランのツーショット。一つ灰皿で肩を並べてタバコを吸っているではありませんか。おそらくは個人制作の非売品と思いますが、重ねて山ちゃん、ありがとう。こういうことって、本当に店主冥利に尽きる一瞬なのです。

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しかし、つくづく思うのですが、拓郎age という店、よく4年半ももちました。10月には5周年というのですから、これには当の本人が一番驚いているはずです。

店の5周年と同時に、毎月第二土曜の「フォークの市」も7か月で50回を迎えます。こちらについては、白馬のライブハウスペンションを借りきって、お泊まりでやろうかなどとお客さんと盛り上がっています。

お客さんのオリジナルを集めたCD を作り、全国のフォーク酒場に置いてもらおうとか、関東甲信越あたりのフォーク酒場の賛同者と軽井沢でアマチュア音楽祭を開催しようとか、夢は尽きないわけですが、最後に僕の持論を。

追い続けても夢は叶わないが、追い続けなければ夢は叶わない。 オソマツ。

 

 

 

60前後のじじぃが3人。川面を見つめて時の流れを知る日がくるだろか…ではなく、さんざん悪いことしてきたなと述懐していたでした。男なんて、どうしようもない生き物だななどとのたまわっている3人は拓郎age のご老体3人衆。村さん、月さん、そして店主。

結局、男なんてものは、女の掌(手のひら)で、転げ回っているだけさ。女はつえ~よ。悟ったようなことを言っている。いや、まだまだ足りない。まだまだ遊び続けるぞ、と不埒で強気の発言。「悪いことする会」を作ろうじゃないか、と誰か。いかにも人聞きの悪い名前だな。

とそんないきさつで、ここにめでたく?「長野暁愚連隊」が誕生しました。何をするかと言えば、これはもう、ひたすら飲む。ただただ飲む。飲んで管を巻いて、それから歌える場所に乱入でもするか?そうそう、毎月積み立てをして、年に1、2回は泊まりでドンチャン騒ぎもいい。悪いことと言ったって、せいぜいこんなところが関の山。ああ、やっぱり男はどうしようもない生き物か。

しかし、こんな会でも参加したい人がいれば、入会はいつでもOK ですよ。まだまだバカなことして生きていきましょうよ、ね。

 

だいたいフォーク酒場が儲かる道理もないのですが、今回、清水の舞台から飛び下りて、そこそこお金をかけて、トイレを洋式にすることにしました。

まず第一には、女性のお客さんに不愉快な思いをさせたくないということです。トイレを洋式にしたからと言ってもちろんお客さんがふえるわけではないのですが、女性のリピートにはつながるかもしれません。

まとまった休みはなかなかとれないのですが、これまた清水の舞台から飛び下りて、5月の連休を休業してトイレ洋式化工事に踏み切ることにしました。完了した暁には、みなさん、よろしくお願いします。

KIMG0041転勤の決まったウシちゃんの引っ越し作業が始まった。僕は冷蔵庫とファンヒーターを貰い受けることになった。さて、この異動の時期、レンタカーはどこも予約でいっぱい。軽トラを手配できなかった。どうしたものか思案にくれていると、ふと、昔作った自家製台車のあることに気づいた。ウシちゃんのアパートから僕の実家まで数百メートル。この台車に乗せて二人で支えながら運搬することにした。このアイデアをウシちゃんに話したところ快く承諾してくれた。

かくして冷蔵庫の数百メートルの旅が始まった。しかし、しょっぱなからアパートの玄関の段差で車輪が一つ壊れた。「えっ、え~! 大丈夫かな。まだ始まったばかりだぜ」。不安を抱えながらも前に進む道を選んだ。アスファルトの道路は快調のように思われた。「いやぁ、我ながらグッドアイデアだったな」「イェーイ」などとはしゃきながら50メートルほど進んだとき、また異変を感じた。「ゲ~、また一個車輪が取れた。どうするよ?」「う~ん。幸い対角に取れてないから、残っている方を前にしてそっちに重心をかけて、ともかく前進しよう」ということになった。教訓Ⅰ。物事、簡単に諦めてはいけない。

さてそうこうしているうちにどうにか大通りの歩道にこぎつけた。ここまで来ればもう着いたも同然。「ウシちゃん、安心してよ」などと胸を撫で下ろしていたのもつかのま。コンクリートの継ぎ目のわずかなひずみで車輪がまた一つ・・・。これには楽天的な僕たちもさすがに落胆した。なにしろこれから大通りを横断するという最大の難所が待ち受けているのだ。横断の途中で立ち往生なんてことになったら、それこそ警察沙汰だ。途方にくれた。途方にくれたけど、とにかくサバイバルレースを勝ち抜いたこの残された車輪の根性に賭けよう。

横断歩道で止まってくれた運転手さんのやさしさ、しかも遅々とした歩みを辛抱強く待ってくれたその懐の深さに感謝した。「よっしゃ~、最大の難所をクリアしたぜ。しかも車輪一つで」。二人ともども自然と笑いがこみ上げた。さて残り100メートルだ。わずかな休憩の後再び旅が始まる。ところがどうしたことだろう、俄然、車輪が張り切りだし、まるで滑るように、快調に動きはじめた。この根性ある車輪は、あとわずかだということを本能的に感じたのだろうか?(なんてそんなことあるわけないだろ)僕たちはまた爆笑の渦に巻き込まれた。「い、一体何がこの車輪に起きたんだんでしょう?」「う~ん、これは科学では説明できません」「ということはこれは超常現象というのでしょうか?」「あるいはそうかもしれませんよ、矢尾板先生」などとおどけながら旅の終焉にむかった。

かくして冷蔵庫の長い長い旅はおわった。僕たちの額には青春の頃と同じ汗がキラキラと輝いていた。

 

 

不意に寒波が押し寄せ冬に逆戻りしたり、まだまだ安定しない気候ですが、3月といえば確実にあるのが、転勤の報告です。すでに3人のお客さんから、今度は神戸ですとか、東京ですとか報告が入っています。 出会いがあれば別れがあって、人の定めは悲しいものです。しかし、4月になれば今度は、新しい出会いが待っています。これはもう、確実に待っているのです。店を始めて5年め。出会いと別れのくり返しをひしひしと感じる店主なのでした。

ネスカフェバリスタ

 

 

 

 

 

ネスカフェバリスタを導入してみました。いいねぇと言う人、いまいちだねぇと言う人、感想はさまざまですが僕は大変気にいっています。いつ作ろうが誰が作ろうが味が均一だからです。しかも全国レベルなわけです。これは缶詰と同じ理論です。拓郎ageはけして安易でもなければ手抜きでもありません。料理技術のない店主なりの創意工夫と思っていただければ幸いです(笑)こういうの、自画自賛と言うのでしょうかねぇ、ごめん。

ブログを書いた翌日にはもう届きました。程度も良好、音もよし。言うことありません。僕はご機嫌です。さあ、これにギターよりも高いピックアップ、つけよ。写真はFG – 240を弾く58歳の僕。

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初めて買ったギターが、ヤマハFG -240。大学を卒業するとき、隣室の専門学校生(彼はデザイナー志望だったと思う)に形見?としてあげた。

しかし、やはり初めて手にしたギターにはとても愛着があって、また手元におきたいなとかねて思っていたところ、のんちゃんがネットオークションでget してくれたのです。1週間ほどで届くとのこと。今からとても楽しみなのであります。

自分の写真ばあまり出したくないのですが、FG – 240を弾く若かりしころの僕です。

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「マスター、たばこも酒もやめたんじゃないの」と、たばこをプカプカ喫い、酒を間断なく飲んでいる僕を見て、来る人、来る人が言う。「禁煙するとか禁酒するなんて一言も言ってないよ。禁じゃなくて脱と言っただけじゃん」とすまして答える。

う~ん、どうやら体調が相当悪かっただけのようです。いみじくもウシちゃんが、「『今日も元気だ、タバコがうまい』というのは確かにその通りなんだよね」と言う。実感~!

しかし喫煙者の肩身がますます狭くなる昨今、たばこを推奨するようなこんな文章、書いていていいのだろうか?NAKAちゃんや前ちゃんの大いなるヒンシュクを買いそうです。

前回の続きです。

突然タバコを吸いたくなくなって、早2週間といったところですが、このごろは、吸いたいなと思う一瞬がままあります。禁煙するぞ、と大上段に構えているわけではないので、いつ吸ったとしても誰に咎められるでもありませんが、一服つけたときの気持ち悪さを想像すると、やっぱり、やめとこ~となります。

さて、なにやら僕の体内に異変がおきているようで、近頃はお酒も積極的に飲みたいと思えないのです。ウシちゃんが差し入れてくれた静岡茶があればそれで事足りるといった按配で、いったい、どうなってしまったのでしょう。

しかしはるか昔を思い返せば、幼少の頃の僕は虚弱体質で、すぐ風邪をひいたり、腹痛をおこしたり、始終、医者のお世話になっていました。タバコも酒も本来、僕のカラダには合わなかったのだと思います。ムリにムリを重ねた40年近い年月のつけが、今、まわってきたのかな、なんて思うしだいです。

しかし、しかしですよ、待ってください!飲み屋の店主が酒を飲めないなんて言っていて商売になるのか? あ~、心配だなぁ。

ギターを弾こうと思った人ならたいてい経験すると思うのですが、やっかいなのはFコードです。瞬時にあの指の形をとり、なおかつキレイな音を出すなんて、とうてい不可能だろうと弾き始めの頃は誰しも思うものです。Fでつまづいてギターを断念した人も意外に多いのではないでしょうか。ところが悪戦苦闘を続けていたある日突然、それこそ突然、弾けたではありませんか。指がスムースに動き、音もキレイ、「やったな、おい!」とそんな感じでした。

さて、つい最近このFが突然弾けたと同じような経験をしました。それはタバコです。もちろん、このブログで禁煙宣言をするような暴挙には出ませんが、ある日突然、それこそ突然、禁煙しようなどという気はさらさらないにも関わらず、ニコチンへの欲求が失せたのです。これまでの喫煙人生、何度も禁煙に挑戦し、1年、あるいは10ヵ月と耐えたこともあったのですが、吸いたい気持ちを抑えるのに必死でした。この必死さがまるでないまま、早、1週間。いったいこれはどうしたことだ?! このまま脱喫煙人生に突入するのか・・・

悪戦苦闘のF、悪戦苦闘の脱ニコチン依存。なんら相関関係はありません。ところが僕にとっては「その日」が突然来た、という意味でまったく同じ経験なのでした。もっともお客さん言わせると、「マスター、よほどカラダ悪いんじゃないのか? 人間ドック、人間ドック」とのことです。

拓郎さんの髪型の変遷をたどり、オカッパ頭から始まり、ここ2年ほどはカーリーがすっかり定着していたのですが、ばっさりと切りました。さすがに今の拓郎さんの髪型にするには僕の場合、髪がフサフサとありすぎまして(失礼)できない相談なのですが、まあ、とにかく短くしたのです。

だいたい、服装が変わったり、髪型が変わったりというのは、その背後に異性の影がある場合が多いのですが、僕の場合はというと・・・まあ、ご想像にお任せするとして、洗髪がとてもラクになったのはとてもありがたいことです。それからコンディショナーが不用になり、ムースの量が減り・・・いいことだらけじゃないですか。考えてもみれば、60に近いおじさんがカーリーで街を歩けば、たいていは奇異に満ちた目でジロジロ見られるのが常です。

さて僕の持論をひとつ。変化することこそが人生の醍醐味なり! 偉そうに何をほざいているのでしょ、いやはやどうしようもない店主です。

 

拓郎ageをオープンするとき、こんなマニアックな店がローカルな田舎町で成り立つはずはないと思っていたから、「3ヵ月たったら撤収だぞ~」って心に決めていました。なにしろ、飲食の経験もなければ、人前で歌ったことすらない、もちろんお金もない、人脈もない、ないないづくしの船出でした。それが、去る9月30日、満4周年となり、5周年めに突入しました。これには、本人が一番、ビックリです。

さて、この店主、はっきり言って、無能です。料理する能力がありませんので缶詰を多量に並べ、「味に自信あり。全国レベルの味だぜ」とのたまわり、ギターも上手くないので、お客さんから伴奏を依頼されると、「う~ん、この歌、〇〇ちゃん、弾けたよね。伴奏、お願い~」とふってしまうありさま。で、編みだした究極の言い訳が「おれは、時間&空間提供事業者だぜ」。

なにはともあれ、この4年、延べ約8000人のお客さんに感謝です。 いつもありがとうございます。欠陥だらけの店主ではありますが、今後とも変わらぬおつきあいをいただければ、これにまさる幸せはありません。あわせて、みなさまのご多幸をお祈り申し上げます。

 

 

活 盟友、山岸活未くんが和食居酒屋「酔軒 活」をオープンして、早1ヵ月半。何度か通わせてもらいましたが、落ち着いた雰囲気のいい店です。僕は酒の味のわからない単なる酒飲みですが、店主には酒のこだわりがあるだけに、置いてある酒は、そんな僕であっても、思わず「これはうまい!」と叫びたくなるものです。

店主にはもう一つの顔があって、彼はバリバリのギターリスト。VooDoo childrenを率いてライブでも活躍中。とこんなことを書いていて、ふと思いました。音楽と料理の2足のワラジ、という取り合わせは意外に多いな、と。指を折って数えても、すぐ5本は折れるんですもの。

それはまあともかく、山岸活未くんの今後の活躍を祈るばかりです。みなさんも機会がありましたら、ぜひお出かけあれ。

大人の文化祭7月5日・6日、エムウェーブで行われたSBC主催の「大人の文化祭」。Mさんの代役で5日、「青春のフォークソング」というコーナーに出演しました。なんと与えられた枠は40分。こりゃあ、一人じゃとうてい無理だな、と思いミュージック・バー「マルガリータ」のサラちゃんを誘いました。前半の20分を僕が拓郎、後半20分をサラちゃんがなつかしのポップス、という構成にしました。これにはSBCの担当者も面白そう~と言ってくれました。

さて、いよいよ本番。ステージ前に並べられたイスが全部うまるほどの観客。しかし年齢層は僕よりも若干上と一見してわかりました。拓郎でいいのかな、と不安がよぎりました。しかしだからと言ってその場で曲を変える、なんて芸当が出来ようもありません。こんなとき気のきいたジョークの一つも言えればいいのでしょうが、悲しいかな、そこがアマチュアの限界。ひたすら歌うだけでいっぱいいっぱいでした。

次に登場したサラちゃん。ステージ運びが実にいいのです。語りかけるようなMCで観客の心をつかみ、ときに笑いをさそい、観客とステージの一体感。加えて選曲のよさ。ふ~む、やはりこれがプロとアマの決定的な違いだな、とつくづく思い知らされました。

次のコーナーに出演の、SBCの看板アナ「武田徹」さんに「よかったよ」と言われましたが、その言葉が僕の頭の中で空しく空回りするのでした。

中野督夫「センチメンタル・シティ・ロマンス」のリードボーカルにしてリードギターのトクオさんのライブは、まさに特筆もの。技量の上にその軽妙な語り口。あっと言う間に、トクオワールドにグイグイと引きずり込んでしまうのです。

しかし、トクオさんの無茶振りときたら・・・。アンコールはマスターと拓郎やろう、と提案され、彼はリハそっちのけで、選曲とコードの採譜に余念がなく、「一体、この人・・・」、僕はただただあっけにとられるだけでした。

で、僕は超一流の中野督夫さんのリードとコーラスに支えられながら「シンシア」と「今日までそして明日から」を熱唱しました。しかももう一人のサポートが「アコギでクイーン」のteaさんです。マスター冥利、というしかありません。

5月の不景気を吹き飛ばしてくれた「中野督夫ライブ」でした。お越しいただきましたみなさま、ありがとうございました。そしてteaさんご夫妻に感謝です。

同業者のおつき合いで、ゴルフコンペに出ることになりました。ところがこちとら、25年も前にゴルフをやめて、以来クラブを握っていないときています。道具すらもう手元にありません。ご遠慮申し上げたいところだったのですがそうもいかず、覚悟を決めて出ることにしました。

まずは道具です。ふところはとてもさびしいかぎりです。清水の舞台から飛び降りる気持ちでゴルフショップをたずねました。10万くらいは覚悟していたのですが、ところがですよ、なんと3万円で、クラブ、バッグ、それからシューズ、小物まで揃ってしまうではありませんか。もちろん中古品ですし、クラブにしたってフルセットというわけではありません。まあ、今の自分にはそれで充分です。いい買い物ができました。

さて次は、ともかくもボールを打ってみないことには何も始まりません。そこで盟友ジョニー(同じビルの『嘘つきジョニー』という居酒屋の店主)に臨時コーチをお願いして、近くの打ちっぱなしに行きました。空振りの連発を想像していたのですが、いやいやこれが思った以上に当たるではありませんか。自分はトシだという自覚があるせいでしょうか、若い頃と違ってりきみがないみたいです。

しかし僕はゴルフというやつ、苦手です。けっこうやっていた30代の頃だって、ハーフ60というのが精一杯。さてどんな結果になることやら。ともかく決戦の日は明後日、18日の日曜日です。

「人生を語らず」連載150回めの節目は、独断と偏見に満ちた僕の人生観なぞ綴ってみたいと思います。これは全くの主観であり、他人様に強要するものでもありませんし、従って「いいや、それは間違っているぜ」というご意見も一切受け付けないことにします(笑)

人生が生きるに値するか否か、という大前提があるわけですが、とりあえず今回は生きるに値するという前提で話を進めます。その際、人生の価値をどこに置くかということは千差万別、それこそ人それぞれです。それが個性であり、アイデンティティであると思います。

さて僕の場合、どうやら変わり続けることに人生の意義を見出しているようなキライがあります。と言って意識して変わろうとしているのではないのですが、まぁ、行き当たりバッタリというか、その場しのぎというか、そんな生き方しか出来なかったので、変わらざるを得なかったのかもしれません。

転職、結婚離婚、家・・・。たどり着いたらいつも雨降り、なんて言うフレーズが妙に胸にしみる今日この頃です。そうそう髪型ひとつとっても、オープンした頃はなんと「角刈り」でしたし、それから伸ばし始めて「おカッパ」になり、今はパーマをかけて「カーリー」です。3年半の間に目まぐるしく変わったような。

変わらないものと言ったら、拓郎教信者だということだけでしょうか。

 

 

常連さんと一口にいってもそのスタイルは様々です。たとえばこのGW(ゴールデンウィーク)。年に1度ではありますが、必ず訪ねてくれる県外のお客さんがいます。すでに愛知のイトシロさん、群馬のグンちゃんが来てくれました。彼らも僕にとっては常連さんであります。

こんなローカル都市の「拓郎age」ですが、驚くことに北は北海道から南は沖縄まで多数の県外の方々が訪ねてくれているんです。出張の人、旅行の人、単身で、あるいは夫婦、恋人同伴で・・・。もちろん、一期一会の人たちが大半ですが、それでもこうして県外の方が、はるばる2度、3度と訪ねてくれるのは店主冥利というやつです。

さてこれからがGW本番。はたして今年はどんな再会が待ち受けているのでしょう? いやいやそればかりではありません。新しい出会いもあるでしょう。とにかく楽しみなGWなのです。

シンシアと言ったらこれはもう、拓郎さんとムッシューかまやつさんの大ヒット曲であり、70年初頭のアイドル南沙織さんの愛称であり、そして数少ない僕の持ち歌なのであります。

昨日(4/19)の「フォークの市」でのことでした。新しく入ったバイトの女の子は「SONOGIちゃん」というのですが、彼女は若く、可愛く、人当たりもよく、しかも働き者で、彼女の加入は拓郎ageの奇跡とも言えるのですが、昨日彼女はバイトの出番だったわけです。フォークの市に集まったオジサンたちは早速彼女に興味津々。そのうちに誰ともなく「う~ん、シンシアに似てる!」。続いて「お~、そうだそうだ」とどよめきの声。てなことで彼女の愛称はシンシアで決まり、とまあこんな他愛もない出来事があったわけです。

で、「マスター、シンシア歌え」と指令がくだり、ヘタな歌を歌いましたよ、僕は。カウンターに戻ると彼女が一言。「わたし、この歌大好き。感激しました~」嬉しいじゃありませんか。しかし、ちょっと待てよ、彼女の歳でこの歌、知ってるわけないんだがなぁ。まあまあ、深い詮索はしないことにして、拓郎ageにシンシア、おめでたいではありませんか。

お客さんとの別れは前回(146)書いたとおりですが、2年あまり店を助けてくれたスタッフのゆうちゃんが、一身上の都合で店を去ることになりました。4月いっぱいです。ゆうちゃんがお客さんとして来店したのは店を始めてほどなくした頃、彼女は拓郎ageの歴史を具に見てきたわけです。いわば拓郎ageの生き字引。店主の人に語れない恥ずかしいエピソードの数々も熟知しているのです。

一番弟子?の拓ちゃんが去り、ゆうちゃんが去り、店主の心境はと言えば、ここはやはり拓郎さんの歌です。生きてここまできた~、いさぎよく生きてきた~、なのになぜ淋しがらせる~・・・。

しかし人間、歩みを止めるわけにはいかないのです。5月からは、みさきちゃんとSONOGIの二人体制です。不思議なことに拓ちゃんの新しい赴任先から、しかも交流のある「馬車道」のお客さんが、入れ替わるように来店してくれました。学生時代のバンド名が「LIVE 73」というのですから筋金入りの拓郎フリークです。

出会いがあれば別れがあって、人の運命(さだめ)は悲しいものです。

今年も常連さんが二人、三人転勤で「拓郎age」を去ることになりました。たまに見えるお客さん、あるいは来はじめて、「さあ、これからフォークの市にも出てもらって」などと期待していたお客さん、そういった人たちも含めると十人弱になりますか。寂しいものです。

出会いがあれば別れがあるのは、人の世の常。こんなとき口をついて出て来る歌はやはり拓郎さん。「また逢おうぜ、あばよ Woo  Woo・・・」つい先日まるでスタッフのように店のために動いてくれていたTちゃんの送別会がありました。参加者一人一人、Tちゃんを送る歌を歌ったのですが、最後に僕が歌う段になって、ふとTちゃんを見ると「おなかが痛い」といって腹部を手でおさえながらドアを出て行くではないですか。結局僕は主人公のいない中で「また逢おうぜあばよ~」と熱唱するハメになりまして、それがなんとも心残りではあるのですが、まあ、考えるまでもなく、僕の歌なぞどうでもいいのです。

みなさん、お元気で。

先日、ひいきにしてくれているお客さんが久しぶりにやって来て、開口一番「マスター、やる気なくしたのか」と一言。理由を尋ねるとマスターの独り言が年末以降まったく更新されていないとのこと。「店にはそうそう来れないけど、気になってHPはチェックしているんだぜ」。

ここ3ヵ月、激変と言ってもいいような変化があったことは確かです。それはまあ、なにぶんにもプライベートなことなので、ここに記したりするような内容ではないのですが、僕にとっては嬉しい変化です。その証拠に3ヵ月の間に2kgは太りました。まあ、そんなこんなでマスターの独り言、すっかりご無沙汰してしまいました。けしてやる気をなくしたわけなどではなくて、心境はと言えば拓郎さんの歌のタイトル、明日に向かって走れ、です。

ピック

今年も残すところわずかとなりました。ご来店頂きましたみなさんはじめ、欠陥だらけで何かと至らぬ私にいろいろとご協力頂きましたみなさん、本当にありがとうございました。

新しい出会いもたくさんありました。転勤やら家庭の事情などで、離れたお客さんもいました。人の世は「出会いと別れ」のくり返しです。泣いたり笑ったりのくり返しです。

涙と微笑み選ぶなら、微笑んで生きよう♪ と拓郎さんも歌っています。心新たに2014年を迎えたいと思います。

皆様にとっても良い1年でありますよう、お祈り申しあげます。

ハヴケイスケ  若手のホープ、「ハヴケイスケ」ライブ、一言、よかった!

共演はアコギでQUEENのteaさん。折りしもこの日は彼の敬愛するフレディ・マーキュリーの命日。圧巻のQUEENの弾き語り。いつ聴いてもただ圧倒されるばかり。

続いてハヴケイスケくん。これがまた素晴らしい。ループマシーンの巧みな扱い、それより何より若干31歳でありながら波乱万丈の彼の生き様が見事に楽曲に昇華されているのです(な~んて、ゴメン評論家気取り)。

月曜の雨降り。少なかったとは言え、ステージと客席が一体となったライブでありました。またこのメンバーでやりましょうね。

写真は上左から本日の首謀者・関さん、teaさん、店主、下ハヴケイスケくん。

加奈さん3  1ヵ月ぶりの「独り言」になってしまいました。みなさん、お変わりなくお過ごしでしょうか。

11月23日、加奈崎芳太郎さんのライブを決行しました。パワフルなステージをすっかり堪能させていただきました。毒舌的なMCも笑いを誘うのでありました。

しかし店主、この上ない不覚をとってしまいました。具体的なスケジュールの打ち合わせは3ヵ月ほど前のこと。この時点で23日が長野市最大のイベントの日であることをすっかり忘れていました。そうです、「えびす講」の花火大会です。おかげで加奈崎さんには少し寂しいお客さんの入りで恐縮することしきり。

しかし、あの花火、加奈崎さんのライブを祝福しているように思えてしょうがありませんでした。これ自分への慰めです。

のれん

3周年を機に、カウンターと厨房の境にロゴ入りのれんを作ってみました。なにしろそれまでの白いレースのカーテンときたら、3年間の垢をたっぷりと浸み込ませ、見るからに無残な様相を呈していました。見る人が見れば、これはきっと不快なものであるに違いない、店主は敏感にそう感じ取ったわけです。

Tシャツ、コースター、そしてのれん。一連の「染物」シリーズはここに完結をみました。しかしこれ、店主の自己満足以外の何者でもありませんね・・・。

鉄郎ブラザーズ  ここのところ、拓郎の歌は遠のいて、もっぱらオリジナルを歌っています。写真は新しいユニットで「鉄郎ブラザーズ」と  言いますが、手前でギターを弾いている薫ちゃん、実物大鉄郎と言われています。銀河鉄道999の星野鉄郎です。なんでも僕も鉄郎系だとお客さんに言われまして、ならばいっそのこと、ということで、めでたく「鉄郎ブラザーズ」の誕生と相なったわけです。

10月19日「ポコ・ア・ポコ・ライブ」、翌20日は「飯山ぶらりライブ」と2日連続で歌わせていただきました。しかし寄る年波には逆らえません。いや~、疲れた、疲れた。ア・ハード・デイズ・ナイトです。

 

 いやぁ、しかし早いものです。もう10月です。今年も残すところ3ヵ月ですよ~。気がついたら 「新年おめでとうございます」 なんて挨拶しているんでしょうね。まさに光陰矢のごとし。

 しかしこんな商売をしていると、人生、出会いと別れのくり返しだなぁ、としみじみ思います。拓郎age、オープンして満3年になりました。たかが3年、されど3年。来る人、去る人さまざまです。東京など大都市からみれば田舎のフォーク酒場です。たかが知れていると思いますが、それでも1ヵ月、200人を超える人たちが来てくれて夜な夜なそれぞれの人生ドラマを展開しているんです。

 僕は人間が好きです。人間が織りなすドラマが大好きです。だからこんな商売、続けられるんだなぁ、と思う今日この頃です。

 

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高崎のフォーク酒場「青春の詩」に行ってきました。向かって左がマスターの高橋さん、右はすっかり意気投合した拓郎大好き男、「シバ」ちゃんです。

つらつら考えてみると、横浜「マークⅡ」の健さんも「青春の詩」の高橋さんも、そして僕もみんな同い年じゃないの。S31世代のサル年です~ってね。店の名前もみんな、拓郎がらみだし~・・・。

群馬県といえば伊勢崎のHちゃんが出張のつど拓郎ageに寄ってくれますが、また一つ群馬と交流の場ができました。しかしそうは言っても今回の場を設定してくれたのは、フォーク市にも参戦してくれている乙女桔梗さんです。ありがとね~! ひたすら感謝です。

コースター

 

 

 

 

 

 

 

オープン3周年を記念して、Tシャツに続いてオリジナル・コースターを作ってみました。これで酒が美味しくなるなんてことはないでしょうが、まあ、店主の自己満足ということで・・・

by  ORIGINAL    SEWING   MIZUE

ピクニックライブの打ち上げパーティが「ライブハウスJ」で開催されました。

拓郎ageオールスターズの面々も都合のつく人は三々五々集結しました。リードギター

をいきなりカッちゃんにフルと言う拓郎ageならでは無茶ぶりでしたが、楽しいステー

ジでした。

さてその後はまるで戦争のようでした。急遽店を開け、15人を超す参加者が拓郎

ageに押し寄せてくれました。さあ、それからはさながらロック酒場です。でもみんな

楽しんでくれたようで、それこそ店主冥利です。みんないい人。正直、僕は幸せ者です!

 

日本を代表するブルースハープの第一人者です。数々のアーティストのバックを務めているんです。ただしご本人いわく、拓郎や長渕剛からは声がかかったことがないそうです。なぜなら拓郎も剛も自分でハモニカを吹くからです。

9月21日、そのブルースハープの名手、松田幸一ことアリちゃんが拓郎ageでライブを敢行してくれました。写真はアリちゃんとギターを務めた古橋くんと店主です。

 

実を言うと僕は古橋くんのしょーもないギャグにすっかりはまり、ずっと笑い転げていました。

 

彼歌う、「カントリードーロー♪♪~」って・・・おいおい「カントリーロードー~♪♪」だろうが! これ、単純だけどすごく笑えるよね、ってオレだけ? 何はともあれとても楽しい「信濃路ツアーin長野 松田ari幸一 with 古橋一晃」ライブでした。

 

 

 

 

 

映画 「麻雀放浪記」の1シーン

 

近頃またぞろ麻雀などというヤクザな遊びに興じている僕です。ここ5年は自ら封じていたのですが、ひょんなことから卓を囲んだのがいけない。かつて20~30代の頃はマージャンキッドなどと名乗り、自他ともに認める博打打ちだったのですが、その血が騒ぎ出してしまいました。と言っても2回ほど卓を囲んだだけなのです。

たかが2回の麻雀なのですが、気がついたことがあります。かつてはいかに勝つか、そればかりを考えてギラギラした麻雀だったのですが、久しぶりに打った麻雀では、まあ、負けないように、負けてもそれでみんなと連れ立って飲んだと思えばいいじゃないのと、なんと言いますか、勝負に対する思い入れが全く違うわけです。気負いというものがないんです。

これは歳のせいなのか、人生観の変化なのか、たぶん両方なのでしょう。店の経営もこれに通じたところがあります。「こんな店、お客さんが入るわけもない。まあ、3ヵ月やったら、撤退~」と最初に決めていました。だからなんの気負いもなく、淡々とやって来れたのだと思います。

まあ、退場するときは、いかに潔く撤収するか、そこに滅びの美学を感じてしまう僕です。いかに勝つかではなく、いかに負けるか、そこに男のロマンを感じてしまう僕はマゾなのでしょうか? 成功談はいらない。失敗のドラマを見せてくれ。

 

 

 

 

「拓郎age」オープン3周年を記念してオリジナルTシャツなんぞを作ってみました。これはプリントではなく、抜染という手法(だったと想う)を用いたものです。by   ORIJINAL   SEWING  MIZUE

 

 

 

 

 

  しかし何と言いましょう、とにかく僕は歌が下手なのであります。バックはとてもいいのに、ボーカルはホント、いただけません。まあ、それを自覚しているだけ 「よし」 としてください。

 拓郎ageもおかげさまでまもなく3周年。それを記念して、という意味もこめて 「ピクニックライブin飯綱」 に初めて参戦しました。バーベキューなどしながら、缶ビール片手に一日、音楽三昧。店主はただ飲んだくれているだけでしたが、ジョニー、トオルちゃん、ドリンくん、火おこしから焼きかたまで、お疲れ様でした。それから応援に駆けつけてくれたみなさま、ありがとうございました。

 ベース、ゴミちゃん。 マンドリン、ドリン。 キーボード、ゆうちゃん。 ギター、大学ちゃん。 ドラム、ヤス。 コーラス、ミズエちゃんとさごれお嬢。 下手な歌におつき合いいただき感謝です。それから参戦の機会を与えていただいたYODAmanとビデオ撮影、You Tubeアップをしてくれたいっしゃんに感謝です。

マイナ、君を待つ

この先人生がどう変わっていこうとも

変わらないものがたった一つある

君を想う気持ちだけは変わらない

この想いが君に届くのか それはわからない

だけど君以外は見えない

一生、君

一生、マイナ

マイナ、君を待つ

 

マイナ、君を待つ

若い頃とは違う 大人のあり方がある

ただいたずらに年を重ねたわけじゃない

生きるために生きる悲しみも知っている

それだけにささやかな喜びも知っている

君以外はもう見えない

一生、マイナ

一生、君

マイナ、君を待つ

 

 毎年夏、飯綱高原で行われている 「ピクニックライブ」。今年、拓郎ageバンドが参加できる光栄に浴しました。そこで早速メンバーを募り、新拓郎ageオールスターズを結成しました。”新”というのには理由があって、今を去ること2年前、聖地つまごいで行われた 「We Love 拓郎ライブ」に出演するために結成したのが最初でした。

メンバーは一新、ベースGOMIちゃんギター大学ちゃんマンドリンにその名もドリン、そしてドラムヤスギター・ボーカ店主、という構成です。しかしどう見ても店主のボーカルが一番あやしい(泣)。わりと早く結成したものの、昨日が初練習というのですからノンキなものです。しかしまぁ、拓郎ageオールスターズ、始動です!

当日は拓郎ageブースを設け、テントの下、バーベキュー大会など催す予定です。もちろん会費などありません。ご都合つく方はぜひお出かけください。飲んで、食べて、そして音楽に興じようではありませんか。 とは言え拓郎ageオールスターズ、全くの新人です。新人の出番は早いと相場が決まっています。なんとトップバッターです。応援しに来てくださるみなさまには「早起きを強要して恐縮する次第です。って誰も来ない~つうの(笑)

8/18 10時スタート  飯綱高原ハイランドホール 入場無料

拓郎ageオールスターズ 10時30分 出演

 

 それはほんの一瞬だったのだろうけど

 僕にはとても長く感じられた

 あのとき確かに僕たちは

 目と目を合わせたまま身動きひとつせずにいた

 先に目をそらしたのは僕だった

 でもそれは僕の愛情が足りないからじゃない

予期しないことにすっかりとまどってしまったのだ

 ご存知NSPの中村貴之さん。7月19日、我が拓郎ageに来てくれました。ステージと客席が2メートルと離れていません。中村さん曰く「近いな~、こんなこと全国で初めてです」。しかしNSPファンにとって、すぐ間近で中村さんを見れるわけですから、たまりませんよね。

 今年60歳、還暦を迎え、全国60ヵ所のツアーを企画したとのことです。名づけて 「60th  anniversary  tour  2013」。 NSP時代の歌から新曲まで2時間のステージはあっという間でした。終了後の打ち上げもまた楽しい。あるお客さんは「昔よく聴いて憧れていた人とこんなふうに話ができて、しかも一緒に酒を飲んでいるなんてとても信じられません」と感激をあらわにしていました。

 

PAが片付けられ何もないステージで、生の声とギターでNSP歌合戦が自然と始まりました。僕も中村さんの楽曲を2曲、「君と歩いてみたくて」と「仲直り」を歌ったのですが、まぁ、笑われました。「マスターの歌は短くなったり長くなったり、原曲と違うんだよね」と中村さん。しかも中村さんのバックでギターを弾いているマルヤマさんに「ハイ、リード!」などと指示まで出したりして、いやいや店主自らご満悦のひとときでした。またやりましょうね。

 誰の人生にも ほどよく陽がさすこともあれば

 風が吹き荒れる日もあるだろう

 どんなときも僕にはあなたが必要なんだよ

 あなたの何気ないたった一言が

 どれだけ僕を奮い立たせているか

 残念ながらあなたは知らない

 あなたの知らないところで

 あなたがいるから生きていられる男がいる

 だけどこの片思いを悲劇とは言うまい

 あなたに巡りあうことができてよかった

 あなたが好き 心の底からあなたが好き あなただけ

 

 誰も僕を救えない ただ一人あなたを除いて

 あなたには全面降伏出来るんだ

 あなたの胸に顔をうずめて思い切り泣いてみたいよ

 誰にも頼らず生きてきたつもりだけど

 あなたがいなければ生きていけない

 強がりもあなたの前では通らない

 こんな気持ち初めてのこと

 僕は一方的にあなたに思いを伝える

 あなたがそれに答えなくたって

 この気持ち知ってくれるだけでいい

 あなたが好き 心の底から好き あなただけ

 

 7月6日、ライブを終えた加奈崎さんご一行が、わが拓郎ageに飲みにきてくれました。イベントでもない限り閑散とした土曜の夜がにわかに活気づきました。この日、県外からのお客さんが3組ほど、それから常連のお客さんもいたりして、ひとりではとても対応できなくなり、ご一行のうち顔馴染みの女性に急遽バイトをお願いしました。この臨機応変な対応こそ、拓郎ageの真骨頂かもしれません(笑)。

 加奈崎さん、とても気さくで、少々毒を含んだ会話がまた面白い。今度、拓郎ageでやろうということで盛り上がりました。こうして拓郎ageの夜は更けていくのでした。気がつけば外は白々明けているではありませんか。さあさ、さすがにもうお開きだ~、 ご来店、まことにありがとうございました~!

 

 

 

 中村 晃子  虹色の湖

 小学校5年生でした。当時(1967年)はグループサウンズ(GS)全盛時代。そんな中、ひとり気を吐いて80万枚のセールスを記録したのがこの歌。

 彼女は美しかった。少年はたちまちトリコになってしまいました。年上の女の人に対する淡い憧憬、と言ったところでしょうか。顔立ちはもちろんミニスカートの下に伸びた綺麗な脚。当時、アイドルなんて言葉はなかったと思いますが、まさに元祖アイドルと呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。哀愁を帯びたメロディを小気味よいビートに乗せて、彼女は颯爽と歌っていたのでした。

 

 

 

 

 森 進一  「冬の旅」

 高校3年のときに大失恋をし、ちょうどその頃拓郎の 『人生を語らず』 が発売され、連日聴きまくり慰めにしていました(笑)。このアルバムには森進一がレコード大賞を受賞した 「襟裳岬」 が収められていて、もちろん森進一は充分くらい知ってはいましたが、演歌の人です。特別興味があったわけではありません。ところが、失恋の痛手に心が病んでいるとき、不意にこの 「冬の旅」 が脳裏をかすめました。よくよく詞を読んでみると、自分の心にピッタリくるではありませんか。 ♪もう、あなたのところへは帰らないだろう ひとり、ひとり旅に立つ 雪の降る町へ~♪

 あの失意の底から脱することが出来たのはこの歌があったからかも知れません(笑)。近頃、Ryuさんのピアノ伴奏でこの歌を歌っています。今となってはなつかしい思い出です。で、Ryuさん一言。 「マスター、ふわりが正確じゃありませんね」 「・・・・」 返す言葉もありません。

 

 

 

 森田 健作  「さらば涙と言おう」

 「おれは男だ」 が放映されたのは中学3年のときでした。その頃、僕にはクラスに好きな女の子がいて、気持ちを伝えられないもどかしさに、日々悶々としていたものでした(笑)。 森田健作演じるところの小林弘二は女の子のことなどに眼もくれず、毎日、宿敵のウーマンリブの象徴みたいな吉川操と対立していさかいが絶えない。自分もあんなふうに、女の子など眼中にない強い男になりたいなぁ、などと恋に悩む中学生は真剣に考えていたのです。

 主題歌 「さらば涙と言おう」 のレコードを買って毎日のように聴いていたある日、兄貴が一言、言いました。 「お前はホント、くだらねぇな」。 まぁ、何と言われようが、その時その時の気持ちを代弁してくれた歌というのは、本人にとっては永遠に不滅なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「巨人の星」

 原作者の梶原一騎には好き嫌い、賛否、いろいろあるかと思いますが、「巨人の星」、「あしたのジョー」、「愛と誠」、「空手バカ一代」などなど当時の少年、青年たちは一度ならず胸躍らせたことと思います。

 僕は中学時代、バスケットに命燃やしていたのですが(チョット、大げさかな)、さして運動神経がいいわけでもない僕には、中学レベルの練習とは言え、結構キツイものがありました。人と同じように技術を習得できず、コンプレックスにさいなまれる地獄の日々でした。と言って退部するのもカッコ悪いと思っていましたので、とにかく頑張ろう!と。そんな時、僕はこの歌を歌って自分を鼓舞しました。

 ♪思いこんだら試練の道を 行くが男のど根性~♪ しかしですねぇ、試練の道は今も続いているのです。またぞろこの歌、歌いましょうか。

 

 

 

  渡 哲也  「くちなしの花」

 僕はパチンコをやりません。やっていたのは高校2~3年の頃の一時期だけです(笑)。クラスに悪い男がいて、これから受験の佳境に入るという頃になってマージャンを僕に仕込むわけです。酒など買いこんで、時間までパチンコで時間を潰して・・・って、まぁひどい高校生でした。もっともその男は今でもつき合いがあって、店にも来てくれるし、来ればボトルを入れてくれるという、とても律儀な奴です。

 そして当時パチンコ屋に行くと、この 「くちなしの花」 がひっきりなしに流れてきました。特段この歌そのものが影響を与えたというわけではないのですが、とにかくこの歌を聴くと、あの頃の情景が自然と眼に浮かび、しばし感慨に浸ってしまうのです。

 拓郎さんも 「ぷらいべぇと」 でこの歌をカバーしていますし、「拓郎ナイト」では、拓郎を知らない 「さごれ嬢」 が歌ってくれました。ちなみに中条きよしの 「うそ」 は 「くちなしの花」 と並んでパチンコ屋のBGMの双璧をなしていました。

 

 

 

 岡林 信康  「自由への長い旅」

 クラスにはとても進歩的な奴が必ず一人や二人いるものです。彼らは 「お前、これ聴いてみな」 と言って名前さえ知らないアーティストのレコードを気前よく貸してくれるのでした。岡林もその中の一人でした。

 「自由への長い旅」

  いつのまにかわたしが  わたしでないような

  枯葉が風に舞うように  小舟がただようように

  わたしがもう一度  わたしになるために

  育ててくれた世界に  別れを告げて旅立つ

 

   ※信じたいために 疑い続ける

    自由への長い旅をひとり  自由への長い旅を今日も

 

 この道がどこを  通るのか知らない

 知っているのは たどりつくところがあることだけ

 そこがどこになるのか  そこに何があるのか

 わからないまま一人で 別れを告げて旅立つ

  ※ くり返し

 高校1年、この歌とともに、この詩とともに僕の青春が幕をあけました。 そうそうこの曲、バックははっぴいえんど。そのサウンドも素晴らしい。

 

 

 

 河島 英五 「何かいいことないかな」

 誰にでも心に残る歌、というものがあると思います。もちろん僕にしたって例外ではありません。中学の頃はいわゆる洋楽専門で、歌謡曲なんぞ聴いて喜んでいる同級生を見下すイヤな小僧でしたが(笑)、吉田拓郎に触発された僕は一気にフォークの世界にのめり込んでしまいました。

 ヤマハの 「ポピュラーソングコンテスト」 、いわゆるポプコンは歌好きの若者たちにとってはバイブルみたいなものでした。実に多くの有能な人たちを輩出しました。今も根強い人気のNSP も、中島みゆきも、世良公則も、長渕剛も、みんなポプコンの出身です。

 「僕の心の歌」シリーズの1番目に選んだのは、やはりポプコン出身の河島英吾の 「何かいいことないかな」。 この若者の魂の叫びは50を半ばも過ぎたオジサンの心に今も響いているのです。くたびれ、ヨロヨロになりながらも、相変わらず、何かいいことないかな、とつぶやいている僕。まったくもって進歩がありません。 ♪13、14、15,6のときの僕はバスケットにすべてをかけたつもり~♪、僕も中学時代はバスケの選手でした。

口を開けばすぐ人の批判

君、そんなことしか出来ないのか

なんだかとても情けないね、寂しいね

そういうこと言わなければ

実力のある君のことだ

自然に人は君の周りに集まってくるはずだ

あえて自分からアピールしなくたっていいんだぜ

人をけなすのではなく、人を褒めることこそ

大きな人間の証しじゃないのか

けなしたところで、それで自分が認められるわけじゃない

案外、人は人を見ている

 

君はいつだってそうなんだ

まず否定するところから始まる

自分のことは棚に上げてよく言えたもんだ

自分は偉いと思っているのかい

残念ながらお門違い

言えば言うほど自分の首を絞めている

そのことに気づかないとしたら君、救う手立てはないぜ

君は居場所をどんどんなくす一方だ

いつまでもお山の大将じゃないだろう

若い奴らとことさら競う必要なんかないんだぜ

温かく見守ってあげましょうよ

 

君は自分に自信がないのかい

自信がないから吼えているのか

弱い犬ほどよく吼えるとは言うけれど

まさか君に限ってありえないよね

君には王者の風格がある

君臨することを誰も咎めたりしない

しかし、俺は名君だと、自分で言うことじゃない

そのジャッジは公平に下されるはずだ

君は泰然自若と構えていればいい

そうすることでおのずと君に吉報が届くだろう

君に幸あれと心から願う

 

※竹原ピストルを聞いてから詩作に対する自信をすっかり失ってしまいました。褒めてくれるお客さんもいましたが、一方で「くだらない詩なんか書くなよ、マスター」 と言う声もありました。しかしやはり僕は詩を書くことが好きだし、竹原ピストルは竹原ピストル、僕は僕、人それぞれのスタイルがあるわけで、拓郎さんも歌っています、 「あいつもこいつもどいつも同じなら人間やってる気がしない」と。そんなわけで久しぶりに書いてみました。お断りしておきますが、これはあくまで自分に対する戒めの詩でありまして、何ら他意があるわけではありません。

   6月のライブ第2弾は 「佐久間順平」 さん。オープニングアクトを務めた 「エスプレッソ」 さんの活躍もあり40人の大盛況。もともと狭い拓郎age、立錐の余地もありませんでした。

 順平さん、長野のライブは初めてということで、拓郎age、光栄の極みです。さすがに実力者、その華麗なプレイにすっかり魅了されてしまいました。ギター、ヴァイオリン、マンドリンと楽器を持ちかえ、南こうせつ、高田渡、あるいは永六輔さんらとの交友のエピソードなど交えながら 楽しい2時間はあっという間に過ぎてしまいました。

 引き続きの打ち上げも笑いの絶えない和みのひと時でした。事件はその時おこりました。その頃は通常のお客さんたちも来店し、あるお客さんのリクエストに応えて 拓郎さんの 「シンシア」 を歌っているときです。なんと順平さんがマンドリンを抱えてステージに上がってくるではないですか。僕はもうビックリ、「神田川」 でヴァイオリンを弾いていた超一流のプロミュージシャンですよ、その順平さんがバックで演奏してくれたんですよ、これを事件と言わずしていったい何と言う!

 さて、そうこうしているうちにお開きの時間になりました。ホテルまで荷物持ちのお手伝い。ロビーで感極まった順平さんと僕は熱い抱擁をし別れを惜しんだのでありました(笑)。 今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。 

 

 

 

 

 打ち上げの 「だいだらぼっち」 にて竹原ピストルとツーショット。

 何か、拓郎を初めて聞いたときのような感動を覚えてしまいました。竹原ピストル、恐るべし。スゴイ! いいね! そんな形容しか思いつきません。一度聞いたらみんなピストル信者、みたいなオーラがあって、はるかに年上の僕をさえいっぺんに虜にしてしまいました。

 そうそうそれから、僕が20代の広告営業マン、バリバリの頃、ある音楽イベントで知り合ったK君が竹原ピストルライブを見に来てくれて30年ぶりに再会できたのです。彼はその頃、高校生でロックバンドの一員でした。僕の手がけた音楽コンテストで見事優勝、才能あふれる若者たちでした。聞けばそのバンド、今度復活するそうで、なにやら長野の音楽シーンに衝撃が走りそうな、そんな予感がします。

ひとつの時代が終わった

もう僕は次の時代を歩き始めている

古い時代には 戻らないし

愛着や未練を残すこともない

 

新しい時代が始まった

いつだって仕切り直しは出来るんだ

後ろを振り返りもしないし

通り過ぎた時代を嘆きもしない

 

これからが人生の醍醐味を知るときだよ

いつも君がそばにいてくれるから

 

これが最後の時代になるだろう

年表の最後には君の名前があるはずだ

僕はもう動揺しないし

迷走することだってないだろう

 

かつて通り過ぎた時代

あるいは住み慣れた町も確かにあった

だけど時代は変わる

昨日の自分はもうどこにもいない

 

 

同じ明日を見ることが出来るのは君だけ

新しい時代が今、幕をあけた

 

これからが人生の醍醐味を知るときだよ

いつも君がそばにいてくれるから

何か新しいことをやろうとして 「どう思う」 と訊くと

その答えはたいてい決まってる

「そんなの無理無理、やめときな」

「彼女とつき合おうと思うんだけどう思う」 と訊いたって

「彼女がお前のことなんて相手にするわけないだろ」 と返ってくる

もし僕が彼らのアドバイスに素直に従っていたら

つまらない人生になっていただろう

失敗もたくさんあったけれど いろんなことやってみてわかった

やってみなきゃわからない そう、それだけのこと

一歩踏み出すには勇気が必要だけど ほんの少しの勇気でいい

一歩を踏み出すことはそんなに難しいことじゃない

 

夢を語ると 「いいトシして何をいまさら」 と笑われる

何か新しいことを始めるのに

けして遅いと言うことはない

始める前からあきらめていたら何ひとつ前に進まない

大過なく無難に生きて退屈極まりない人生が望みならそれもいいさ

周りの声にいちいち耳を傾けていたら

自分の人生を見失ってしまうだけ

さらさなくてもいい恥を たくさんさらしてみてわかった

案ずるより産むが易し そう、それだけのこと

一歩踏み出したらあとは野となれ山となれ その覚悟だけ

一歩踏み出すのは思っているほど難しいことじゃない

 私が漢字を1字選ぶとしたらそれはやっぱり「愛」だわ

 私だけを見てね そして 私だけを愛して

   俺が漢字を1字選ぶとしたらそれはたぶん「夢」だろうな

   生きていく意味ってそこにあるんだと思う

 いつでもどこでも私のことを一番に考えてほしいの 

 何をするにも私を最優先にしてね

   頼みがある 俺といっしょに同じ夢みてくれないか

   二人ならきっとうまくいくと思えるんだよ

 

     歯車が噛み合わないまま若い二人の愛の暮らしが始まる

     気持ちのズレに気づかないのか フタをしているのか

    

 あなた最近 ため息ばかりついているのね

 私といても少しも楽しそうじゃない

   ちょっと外をぶらついて風にあたって来るよ

   退屈で手持ちぶさたで息がつまりそう

 そういう言い方ってひどいんじゃないの

 子供のことだって全部私に押し付けて

   俺、家族のために一生懸命働いているじゃない

   たまには息抜きしたっていいだろ

 

     些細ないさかいがやがて二人の間に小さな溝をつくった

     急いで補修するのか それとも放っておくのか

 

 なんだか二人で一緒にいる意味がないよね、私たち

 あなたは私にも子供にも全く無関心だもの

  こんなはずじゃなかった やりたいこと何一つできないよ

  俺、このまま歳とっていくだけなのかな

 もう夢みるような歳でも立場でもないでしょ、あなた

 子供だってどんどん大きくなっていくんだよ

  そんなことわかっているよ、いろいろ言わないでくれ

  俺だってこのジレンマと必死に闘っているんだ

 

     この二人がその後どうなったのか、何も聞いていない

     今度の日曜にでも訪ねてみようか 怖い気もするが

 

[解 説] ふと、好きな漢字を1字選ぶとしたら、というテーマが頭をかずめ1行書き出してみました。全体をどうまとめるのか、という見通しも立てず思いつくままに筆を進めてみたところ、このような詩になってしまいました。この二人がどうなったのか、その結果を読む人それぞれに委ねてしまいました。

いろいろ行き違いがあったり、魔がさすという瞬間もあったり

自分の意思とは関係ない方向に物事が進んでしまう、ということが

人生には往々にしてあるんです

 

誤解のままに関係が途絶えてしまうのはとても悲しいものです

たとえ断絶するにしたってその理由は知っておきたいと誰しも思うものね

理不尽はいやなものです

 

君のこと、悪く言ったつもりはさらさらないんだけど

自分の愚かさをただ嘆いたつもりだったのに

君のこと、誹謗中傷する結果になってしまったんだね

君には届かないだろうけど、一言いわせて

ごめんね

 

組み立てるのは案外簡単だけど、修復するのは至って難しいものです

何事であれ元通りになったなんて話、聞いたことないものね

たとえわずかな傷であっても

 

二人に何があったってわけじゃ毛頭ないけど

それでも普通でさえいられなくなったって言う溝は

尋常じゃないよね

 

でも俺、マグレガーのシャツ着て今夜も仕事する

このシャツ着ていたらいつかは君に届くかもしれない

君に取り返しのつかないひどいことしてしまった

ごめんね

 

もう二度と戻れないことは百も承知

マグレガーのシャツ マグレガーのシャツ

この気持ち彼女に伝えて

ごめんね

  敗れざる者たち 君の血は騒いでいるか

 群居せず されど孤にあらず

 自分の中に毒を持て 

 破壊せよ、とアイラーは言った

 

 ヘタな人生論より徒然草 

 よく死ぬことはよく生きることだ

 すばては「単純」にでうまくいく

 ヘタな人生論より良寛の生き方

 

 会社ってなんだ

 会社をやめてどう生きるか

 自分の「好きなこと」「やりたかったこと」をやろう

 ちゃらんぽらん男、居酒屋をつくる

 

 ひと月9000円の快適食生活

 暮らしてわかった!100万円生活術

 土壇場の人間学 超人の哲学

 これからは好きなように生きる

 

   俺たちの老いじたく

   錆びるより燃え尽きたい・・・

 

[解説] これ、僕が読んで面白かった本のタイトルを並べただけ。一篇の詩になるかなぁ。

 世界は刻一刻変わっているんだぜ

 昨日と同じ状況なんてありえない

 明日はまた今日と違っているだろう

 同じように俺自身も変わっていく

 俺の変化を咎めないでくれ

 あなたたちの変化を咎めないように

 

 一日一日はとても独創的なんだぜ

 一人として同じ人間はいないし

 人の数だけドラマがあるだろう

 好むと好まざるとに関わらず

 誰もが変わっていく

 昨日と違う自分を感じないか

 

 ※世界は変わる 人も変わる そして俺も変わる みんな変わっていけ

  世界は変わる 人も変わる そしてあなたも変わる みんな変わっていけ

 

 眼の前の出来事は全て現実なんだぜ

 夢や幻なんかじゃない

 地に足つける必要があるだろう

 確かな足跡をこの世界に残したいと

 きっと誰もが願っている

 それは必ず叶うはずだ

 

※ くりかえし

 また旅をしたいと思う

 なんだか今までと違う光がさすような気がするんだ

 希望を持つ者にこそ希望が訪れると

 『ショーシャンクの空に』 は教えてくれた

 怒りや悲しみにとらわれていたら

 きっと希望も逃げていくんだろう

 昨日までの人生を否定する必要はないけれど

 それはそれとして

 新しい旅はもう始まっている

 

 また旅をしたいと思う

 どんな展開が待ちうけているのかわからないけれど

 希望を捨てさえしなければ道はひらけると

 『ショーシャンクの空に』 は教えてくれた

 2本のレールはけして交わりはしないけれど

 離れることなくずっと一緒だ

 恥の多い人生だったけれど

 それはそれとして

 新しい旅はもう始まっている

 

  激しい雨にうたれて それでも二つの拳を天高く突き上げ

  歓喜の雄叫びをあげたいと思う

  ショーシャンクの空に  ショーシャンクの空に

 あなたと僕だけのための

 世界に一冊だけの詩集を作ろうと思います

 そしたらあなた、

 装丁はあなたの役目です

 ブックカバーに刺繍してくださいね

名前のイニシャルも忘れずに

 [解説]  お客さんとの会話の中で刺繍の話しが出たとき、咄嗟に思い浮かびました。単なる語呂合わせに過ぎませんが・・・。

 麺はコシが命です。特にインスタントラーメンは茹ですぎたら完全にアウトです。学生の頃、インスタントラーメンは嫌いだという友人に作ってあげたところ、大絶賛されました。以来、インスタントラーメン作りには少しばかり自信を持っているのですが、こんなこと自慢してみたところでねぇ・・・。

 さて用意するのはみそラーメン。しかも 『サッポロ一番みそラーメン』 でなければいけません。鍋に500mlの水とキャベツを適量入れ、沸騰したところで麺を入れます。ほぐれたらスープを混ぜ、最後に卵を一つ落とし、グチャグチャにかき混ぜ15秒、ハイ、出来上がり。この特製みそラーメン、結構いけます、ってみなさんすでにご存知ですよね。高校生の頃、S君から教わったメニューです。

君とのあいだにすきま風が吹くようになったのはいつからだろう

あの夏をさかいにしだいに距離があいていくのを僕は感じていたよ

あの夏何があったのか僕にはわからない

でも君にとっては重要なことだったのだろう

 

さっぱり姿を見せなくなった君のこと風の便りに聞いたよ

どうやら大きな誤解があったようだけどどうしようもないことさ

言い訳しようと思わないしそれは君も同じだろう

これで縁が切れても僕はかまわない

 

それなのにいったいどういう風の吹き回しっていうんだい

何もなかったような顔して君はひょこり前触れもなくやって来た

君はこれからもたびたび会おうよと言ったけれど

木枯らし吹きすさぶ秋の夕べのようで

 

確かに君は僕に会いに来て笑いを交わしたりもした

以前のように屈託なくというわけにはいかなかったけれど

もちろんそれはしょうがないことだろう

溝を埋めるのはたやすいことじゃない

 

君は本当に気まぐれを絵に描いたような人だね

またご機嫌そこねたようで言葉の端々に苛立ちが見え隠れ

今度ばかりはこれで終わりだねそう思うよ

お互いそれでいいんだよ

 

さよなら僕はもう戻らない 不毛なあの時代に戻らない

 

[解説]  拓郎の 『親切』 は好きな歌の一つです。高校生の頃、この歌は男のことを歌っているのかい? それとも女のことかい?って読解力のない僕はそれこそ真剣に考えたものです。それで僕もそんな詩を書いてみたいな、と思っていたのですが、この詩 はたして僕の企み通り、みなさんを惑わせることが出来たのかどうか・・・。

何かとり憑かれたように下手な詩を書く今日この頃です。

詩に関心を持ち始めたのは、小学校の5、6年生の頃からだと思います。高校生の頃は必ず1、2冊詩集を携えていましたので意外に年季は古いのです。といって別段、文学かぶれのインテリなんかではありませんでしたが (ってそんなこと、言わずもがな、か)。

さて教育県として名高いわが長野県では(あっもうそんな時代ではありませんね、失礼しました)、『しなの子供詩集』 という県下の小学生の選りすぐりの作品を集めた詩集が発行されていました。今、僕の手元にあるのは、「1966年版 3、4年」 というものですが、その中に実に素晴らしい作品がありまして、それをご紹介したいと思います。

作者は越川和彦くん、小学校4年生です。 (もっとも現在では僕より1つ年が上ですから57、8になりますが)

とうちゃんがんばってな

 

ほこりがたつ、

ガーガー自動車の音の、

うるせえところで働いて、

部長になれた

 

有線放送、

またうるせえ

あんまりうるせえと、

とうちゃんが、

ノイローゼになっちゃう。

 

かあちゃんは、

「また酒のんで来たの」

というけど、

きょう 酒のんで来てもいい。

とうちゃんがんばってな。

[解説] 酒を飲んで帰って来る父親。それを咎める母親。どこにでもある家族風景。そして父を慕う作者の男の子。その心情が小学校4年生らしい言葉使いで、しかし骨太にたくましく描かれている。 (ナ~ンチャッテ)

 

越川くん、おっといけない越川さんは今でも詩を書くことあるのかなあ。どうにも気なってしかたありません。

 「ジメジメしてやだなあ、洗濯物も外に干せないし」 と君が言う

 僕は雨が好きなので梅雨の季節嫌いじゃないんだ

「あなたホントはネクラなのね」 と君が言う

 いや、きっと怠惰なだけなんだ 雨降りは仕事休んでもいいかなって

「雨と関係ないお仕事じゃないの」 と君が言う

 そうそう気分の問題かな 子供の頃からそうだった

「だからネクラなのよ」 と君が言う

 そうですか、ネクラでもいいけどこれからもよろしくね 

 愛しているよ

 

「今夜の夕食何がいい お買い物に行こうよ」 と君が言う

 僕の好物知っているでしょ マーボー豆腐が食べたいよ

「昨日も食べたばかりじゃない」 と君が言う

 それじゃあシンプルに湯豆腐って手もあるなあ どうでしょう

「あなたお豆腐ばっかり 私はイヤ」 と君が言う

 冷奴でもいいんだけれどさすがに口には出せないな

「まさか冷奴だなんて言わないよね」

 いやいやお見それしました すっかりお見通しじゃない

 愛しているよ

 

「日帰り温泉行こうよ さっぱりしたい」 と君が言う

 サウナも入るから時間かかるけど もちろん承知してるよね

「はいはい2時間でしょ」 と君が言う

 今日は北信五岳が一望できる穴観音の湯って気分かな

「あそこは私も好きだな」 と君が言う

 結構あちこちの温泉 入って回ったよね

「ガイドブックでも作ります?」 と君が言う

 日帰りと言うからには片道最大2時間が限度かな

 愛しているよ 

あなたたちをどれだけ傷つけてきたことだろう

いくら謝っても許されはしないだろうが

償いの方法が僕にはわからないんだ

じっと息を殺していればいいのかい

二度とあなたたちの前に現れなければいいのかい

後悔と罪悪感が渦巻いて

今夜もたぶん眠れない

 

同じ過ちを何度くり返せば気がすむんだろう

もうこれで最後と思いながら

愚かな僕は気がつけば泣いている

どんなに言葉をつくろっても

あなたたちは僕の偽善をとっくに見抜いている

悔恨と呵責が渦巻いて

たぶん今夜も眠れない

なんとも寂しい夜じゃないか

人通りもなく灯りも消えて

僕ひとりが取り残されてしまったような

ひとりで飲むほど酒好きじゃないんだ 本当は

だからこんな夜をどうやり過ごせばいいのか

誰か教えてくれないか

どこか遠いところに行ってみるか

夜をぶっとばしてみるか

明け方には海に着くだろう

 

なんとも寂しい夜じゃないか

街が雨に濡れているよ

根を持たない僕の人生はただ漂うばかりで

どこにたどり着くのか僕にもわからないんだ

だから誰か僕を束縛してくれないか

捉まえていてくれないか

後悔を断ち切る方法を知らないんだよ

そいつが分かりさえすれば

もっとましな人生になるだろう

 いろいろありますねぇ いろいろありましたねぇ

 悲喜こもごも ともかくいろいろあるんです

 飄々と生きていければと 思いはするのですが

 これがなかなかどうして

 それでもどうにかこうにか まあなんとか

 しかし何と言いますか

 一難去ってまた一難

 人生ってこんなことのくり返しなのでしょうかねぇ

 行き当たりばったりと言うのか

 その場しのぎと言うのか

 およそ計画とは無縁な私だったので

 さもありなんと言うことなのでしょう

 

 思い返すたび赤面してしまうような失敗とか

 穴があったら入りたい醜態とか

 数え上げたらキリがありません

 感情の起伏が激しいのでしょうか

 人様に迷惑をかけることもたびたびで

 「柳に風」 みたいに生きれればいいのでしょうが

 これがなかなかどうして

 正直どうして生きていかなければならないのか

 そのはっきりした理由はわからないのですが

 さりとて死にたいなんて思っているわけでもなく

 飄々と とにかく飄々と

 そんなふうに生きていければと思う

 今日この頃なのです 

あの頃はよかったなんて口が裂けても言うんじゃないぞ

来し方を懐かしむにはまだまだ早い

やりたいこといっぱいあるんじゃないのか

死ぬまでにやりたいこと 書き出してみなよ

何もないとか 一つ二つしかないなんて

そんな寂しいセリフはなしにしようよ

思い出も写真もいらない

ただひたすら前だけを見て

ただひたすら前だけを見て

 

あの頃に戻りたいなんてけして思うんじゃないぞ

追憶 回想 老け込むにはまだまだ早い

余分なお金はいらないよ

食べていければそれでいいんだし

地位も名誉もいらないよ

好きなことやって生きていければそれでいい

これからは黙して語らず

ただひたすら前だけを見て

ただひたすら前だけを見て

 その頃はずっと旅をしていた

 青函フェリーを降りて やっぱり函館の夜景ははずせないよね

 君は感嘆の声をあげる

 ほんのちょっとしたいさかいから 

 口を閉ざしたまま 沈黙の時間が流れた

 ふて腐れて眠ったふりをしていた君が本当に眠ってしまったので

 僕は闇の中 夜を徹して車を飛ばした

 君が眼をさましたときはもう札幌

 機嫌なおったかい? 

 おなか空いた

 車の中 スーパーで仕入れた粗末な朝食

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 

 その頃はずっと旅をしていた

 日本海は夕陽がきれいだね ここまで来たら男鹿半島入道崎

 風が強くて歩くこともままならない

 波がしぶきをあげて二人を襲う

 こんな日は早いところホテルをさがして

 一風呂あびて海の幸に舌鼓といきたいけれど

 ごめん そんな贅沢はできないんだ わかるだろ

 計画もなければ 予定もない

 まるで漂流者みたいだね

 楽しいかい?

 うん まあね

 ちっとも楽しそうに見えないぜ

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 

 その頃はずっと旅をしていた

 東京西新宿十二社 はるか昔僕が住んでいた町

 木造アパートは跡形もなく

 5階建てマンションに様変わり

 それは当然のことだろう あれから30年たっているんだ

 そんな昔のことも まるで昨日のことのようで

 光陰矢の如し 感無量

 ここにいたんだ?

 遠い昔の話さ

 今度は君の思い出の場所訪ねよう

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 

 その頃はずっと旅をしていた

 ここが犬吠埼かぁ どうしても一度来たかったんだよね

 太平洋といえば足摺岬よかったよね

 海はいつ見てもいいやぁ

 君ははるか彼方に眼をやりながら 振り向きもせずにうなづいた

 やがて君はポツンと切り出した

 その眼は相変わらず海をみたままで

 もうダメかもしれない

 えっ そうなの?

 心の変化を見抜けなかったよ

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 その頃はずっと旅をしていた 目的地があったわけじゃない

 山陰道をひた走りたどり着いた丹後半島伊根の舟屋

 これからどうする?

 どうしようかねぇ

 もっと真剣にこれからのこと話さなきゃいけないっていうのに

 はずまない二言三言の短い会話 

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 

 その頃はずっと旅をしていた あてもなくただ風まかせ

 鳴門橋を渡り室戸をへてたどり着いた安芸野良時計

 どこから来なすった?

 長野からです

 老婆に答える君の声はいつになく明るく笑みさえ浮かべていた

 それはまた遠いところからまあまあ

 なんだか二人悲しいね寂しいね

 

 その頃はずっと旅をしていた 時間ならたっぷりあったしね

 阿蘇を尻目に耶馬渓をへてたどり着いた青の洞門

 もう帰ろうか

 どっちでもいいよ

 じっと見つめた君の目から一筋涙がこぼれ落ちた

 二人の未来に光はさすの?

 なんだか二人悲しいね寂しいね

[解 説]

 和歌山と沖縄を除いて日本中を旅しました。京都丹後の伊根の舟屋、高知安芸の野良時計、大分耶馬溪青の洞門は特に印象深いところでした。ここをモチーフに何か書けないかと思いました。架空の男女の物語を重ね合わせるアイデアがふと思い浮かびました。この二人がどんな結末を迎えるのか、次は東日本篇で明らかにしようと思います。なおタイトルは、帝国書院から発行されているものでこれも僕のお気に入りの1冊です。借用させていただきました。 

人それぞれに人それぞれの人生があって

どう生きれば正しいなんてことは言えない

夢多い人もいれば おそろしく現実的な人もいる

幸か不幸か僕は夢ばかりみてきた

思い続ければ夢は必ず叶うと 夢を叶えた人は言う

でもそれは違う 夢破れたドラマは枚挙にいとまがないもの

言い方を変えればいい 思い続けなければ夢は叶わないと

結婚して子供ができて あるいは出世昇進 そうした当たり前の現実の中で

夢多い人もそれどころではなくなる そしていつのまにか夢に見切りをつけている

 

人それぞれに人それぞれの人生があって

自分のこと棚にあげて他人の生き方をとやかく言えない

僕の夢はひとえに 自分だけの旗で生きることだった

それが僕に染みついた思いだった

組織に属してそれなりに頑張ろうと思った時代も確かにあった

だけど決まって僕に呼びかける心の声がある それでいいのかと

その声を振り払おうともしたし 無視してかかろうともした

だけどその声は日増しに大きくなるばかりで 鎮まる気配さえみせなかった

きっと誰もが一度や二度こんな葛藤に悩んだはずだ どんな結論であれ尊い

 

思い続けても夢は叶わないが 思い続けなければ夢は叶わない

僕にはS の旗 S の旗があるばかり

僕にはS の旗 S の旗風になびかせて