マスターの独り言(65)思わず緊張

 出張のたびに我が『拓郎age』に寄ってくれるお客さんが何人かいらっしゃるのですが、その人が店に入ってきたとき、「あっ、前にもお見えいただきましたよね」と声をかけると「そうです、今日、二度目です」と答え、カウンターに座るなり「また来るのでボトル1本入れます」と嬉しい注文をしてくださいました。飲食関係の仕事をされている、ということは前回聞かせていただいていたのですが、詳しいことはもちろん知る由もありません。「あ、いいですよ。自分で作りますから」と随分手馴れた感じで水割りを作られるのであっけに取られていると、「あ、私、バーテンダーを5年程やっていたことがありますので」と言われるではありませんか。思わず緊張感が走りました。なにしろ僕たちときたら飲食業に携わった経験もなく見よう見真似でやっていることなので何か粗相があったらどうしよう、なんて不安が一気に押し寄せてきたのです。その人はフォークが好きで、音楽のことを熱く語り始めました。その話題になると僕もどうにか主導権が取れるのでバランスが保てた次第でした。

 僕も一応、脱サラ、ということになるのだそうですが、フォーク酒場とは言え、仮にも飲食業を始めるにあたり、料理学校に通うとか、見習いに入るとか何か基本的な勉強はしたのでしょう? と訊かれることがあるのですが、これが全くないんですね。僕がしたことと言えば、一冊の本を徹底的に読むことでした。 脱サラをして「さかなのさけ」という居酒屋を立ち上げた田中秀嗣さんの書いた「ちゃらんぽらん男、居酒屋をつくる」という本です。僕に必要だったのは料理やギターの技術ではなく、脱サラに踏み切る「勇気」だったのです。料理やギターは店をやりながらうまくなればいいかな、なんて思っていましたので、今考えると随分無謀なことをしたな、と冷や汗ものです。

 緊張もしだいにほぐれ、ロックなり水割りを作るにあたり、まずやらねばいけないことを教えてもらいました。どんなことかって? それはまぁ、企業秘密ということで・・・。いずれにしてもプロの方と相対した経験は僕にとってとても貴重なことでした。こうやって僕ももまれていくのかな、なんて思います。