人生を語らず(164)走れ、冷蔵庫 

KIMG0041転勤の決まったウシちゃんの引っ越し作業が始まった。僕は冷蔵庫とファンヒーターを貰い受けることになった。さて、この異動の時期、レンタカーはどこも予約でいっぱい。軽トラを手配できなかった。どうしたものか思案にくれていると、ふと、昔作った自家製台車のあることに気づいた。ウシちゃんのアパートから僕の実家まで数百メートル。この台車に乗せて二人で支えながら運搬することにした。このアイデアをウシちゃんに話したところ快く承諾してくれた。

かくして冷蔵庫の数百メートルの旅が始まった。しかし、しょっぱなからアパートの玄関の段差で車輪が一つ壊れた。「えっ、え~! 大丈夫かな。まだ始まったばかりだぜ」。不安を抱えながらも前に進む道を選んだ。アスファルトの道路は快調のように思われた。「いやぁ、我ながらグッドアイデアだったな」「イェーイ」などとはしゃきながら50メートルほど進んだとき、また異変を感じた。「ゲ~、また一個車輪が取れた。どうするよ?」「う~ん。幸い対角に取れてないから、残っている方を前にしてそっちに重心をかけて、ともかく前進しよう」ということになった。教訓Ⅰ。物事、簡単に諦めてはいけない。

さてそうこうしているうちにどうにか大通りの歩道にこぎつけた。ここまで来ればもう着いたも同然。「ウシちゃん、安心してよ」などと胸を撫で下ろしていたのもつかのま。コンクリートの継ぎ目のわずかなひずみで車輪がまた一つ・・・。これには楽天的な僕たちもさすがに落胆した。なにしろこれから大通りを横断するという最大の難所が待ち受けているのだ。横断の途中で立ち往生なんてことになったら、それこそ警察沙汰だ。途方にくれた。途方にくれたけど、とにかくサバイバルレースを勝ち抜いたこの残された車輪の根性に賭けよう。

横断歩道で止まってくれた運転手さんのやさしさ、しかも遅々とした歩みを辛抱強く待ってくれたその懐の深さに感謝した。「よっしゃ~、最大の難所をクリアしたぜ。しかも車輪一つで」。二人ともども自然と笑いがこみ上げた。さて残り100メートルだ。わずかな休憩の後再び旅が始まる。ところがどうしたことだろう、俄然、車輪が張り切りだし、まるで滑るように、快調に動きはじめた。この根性ある車輪は、あとわずかだということを本能的に感じたのだろうか?(なんてそんなことあるわけないだろ)僕たちはまた爆笑の渦に巻き込まれた。「い、一体何がこの車輪に起きたんだんでしょう?」「う~ん、これは科学では説明できません」「ということはこれは超常現象というのでしょうか?」「あるいはそうかもしれませんよ、矢尾板先生」などとおどけながら旅の終焉にむかった。

かくして冷蔵庫の長い長い旅はおわった。僕たちの額には青春の頃と同じ汗がキラキラと輝いていた。